2007年2月7日水曜日

ミニマルオブジェの空っぽさ

ホロコースト記念碑について物申したあと、自分で書いた 「現代美術の形式という空っぽな入れ物」 について何なのか少し考えてみた。60年代ミニマル以降いろんな意味が詰め込まれたキューブがたくさん製作されている。 この場を借りていくつか挙げてみます。

元祖: ロバート・モリスの人柱 (1961)。まるで見知らぬ人が隣に立ってるみたいな 「擬人性」 からマイケル・フリードに批判されたモリスの人型オブジェ。



ハンス・ハーケのエコシステム・イン・ザ・ボックス (1968)。立方体内で水が蒸発して再び水に循環。


ブルース・ナウマンのコンクリートのかたまり (1968)。中にはテープレコーダーが埋まってて音が出るらしい。コードから電流を充填する。


ソル・ルウィットの入れ子キューブ (1966)。観念的な箱の中の箱。さすが有名作品だけあって、他よりずいぶんひねりがあります。


そしてエイドリアン・パイパーは文字通り意味をつめこむ (1968)。


ところでロバート・モリスの人間大オブジェは、その存在感で観者を圧倒しようとすることのみで成立しているという点において、ベルリンの 「ホロコースト記念碑」 に通じるものがある気がする。ひょっとしてこんな風に記念碑に応用されてしまうもやもやした現前 (Presence) こそが、マイケル・フリードが 「演劇的」 として警戒し、否定しようとした点なのかしらとふと思った。どうなんでしょう。

マイケル・フリード 『芸術と客体性』(Michael FRIED, "Art and Objecthood")
これがその高名なミニマル批判の論文です。

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