2007年8月27日月曜日

布 布 布!

ドクメンタXIIには、布を使った作品が目立ちました。

ここに挙げたのは全てフリデリチアヌムに展示されていたもの。他の会場にも、パッチワークやカーペットなど、現代美術や民族工芸品を問わずに並べられています。
クレーの版画 「新しい天使」 が掛かる階段を昇りきってすぐの部屋にはパフォーマンスとオブジェを組み合わせた作品が。


観客の視線の高さに吊るされた古着の中を数人のダンサーがもぞもぞと動きまわります。古着が人間の抜け殻みたいに思えてきます。

あるいはこんな作品。 女性を連想するモチーフが刺繍という女性の針仕事を連想させるメディアで表現されています。


こちらはドクメンタ・ハレに縫いぐるみ作品が展示されていたコジマ・ド・ボニンの作品。

写真作品。残念ながら作者名がわかりません。洗濯物。こうくると、布という媒体がずいぶんと日常に近くなってきます。

具体美術の作家、田中敦子。
こんなかわいらしいものも。(作者わかりません・・・)

Nasreen Mohamedi

今回一番気になった作品。

ジオメトリックなドローイングと、自然の形態の写真作品。



スケジュール帳上でのドローイング。時間の概念が入り込みます。
ここでもアフリカの織物が並置されていました。

作者はインド人女性らしいです。
リンク: ドクメンタ公式サイト/ 作者紹介

John McCracken

フリデリチアヌムの玄関ホールにも展示されていた John McCracken の作品はドクメンタ会場のいたるところに出没します。
単純な幾何学形体を扱う作品なので、注意しないと簡単に見落としますが。


この柱はNeue Galerie の廊下に展示されていた Andreas Geyer の写真作品の前にごく何気なく (?) 置かれていたオブジェ。
(「何気なく」 のつもりがやはりこんな大規模な展覧会ではそうは行かないらしく、オブジェの両脇にはバイトの係員の女の子2名が配置されていました。写真取ろうとしたらどいてくれました。)

写真作品とこんな感じに、全く意味から自由にリンクしてました。 マックラーケンの人工的なオブジェが自然風景と呼応します。

この作品と作品の結びつきにふと気づく感じ、それが一体展覧会の意図なのか、私個人の感想なのか、観客みんなが感じるものなのか、それとも単なる思い過ごしなのかわからないところ、それが今回のドクメンタのキュレーター夫妻が 「美的体験」 (ästhetische Erfahrung: 感性的体験とも訳せる) と呼んでいることらしいです。

人間であれば誰でも何かを 「美しい」 とする感性を持っています。例えば美人の基準は文化圏や時代によって違うとよく言います。女性の美しさの基準にはきっとそれぞれの社会が持つ美徳や規範が反映されるかもしれませんが、ある種の色の組み合わせや形体、日没などの自然美など、文化や時代を越えて万人が共通して感受する 「美」 があるのではないでしょうか?

その 「美」 を観察してみると、法則がありそうでなさそうなところがあります。色彩などの美しさは数値に置き換えて分析可能であるともいいますし、自身を省みてみるとある日美しいと感じたものが次の日にはつまらなく思えたり、自分が美しいと思っても他人はそうは思わなかったり。

それでもどうしても、人間が本能的に思う 「美しい」 という感受性は万人共通であるという考えが捨てきれません。

そんな偶然や不規則性に支配されている 「美」 (或いは 「感性」) が今回のドクメンタでは問題視されています。

似た形体同士の繋がりを感じとる感性が 「美」 を感受する器官と同一であるのかは?ですが、私自身こういったコンセプトは今までに見たことがないため、今回のドクメンタにはかなりポジティブな意見を持っています。

ちなみに、会場内にはところどころ、A4の紙にタイプ打ちされた文章が、まるで展覧会前に取り去るのを忘れてしまったかのように、さりげなく掲げられています。その中のひとつでは、次の2作品の表層的な類似を指摘していました。

Charlotte Posenenske の換気管のようなオブジェ (1967年)。

Louise Lawler の写真作品 (1996年)。


フリデリチアヌム玄関ホール

ドクメンタ第一会場であるフリデリチアヌム。
ここがドクメンタの顔となる玄関ホールは John McCracken ジョン・マックラーケンの金属製ミニマル人柱。

中心にオブジェが立つ玄関ホールの両壁はすべて鏡面となっていて、そこには観客と作品が映りこみ、作品にも観客と壁が映りこみ、作品の存在感は完全に打ち消されていました。作品を提示するのではなく、作品を無に帰してしまう。

私の読んだかぎりではジョン・マックラーケンの作品はあくまでもこのオブジェのみ。鏡で覆われたホールはキュレーターのコンセプトによるものらしいです (??)。

そうだとすれば、しょっぱなからずいぶんとひねくれたコンセプトだといえます。

玄関ホールを入りマックラーケンのオブジェを通り過ぎると正面には階段が。中二階から二手に別れそこからはらせん状に上階へと導きます。

人だかりで見えませんが中階正面には P・クレーの小さな銅版画 「新しい天使」 が掛けられています。

これはドイツ人哲学者ヴァルター・ベンヤミンの解釈を通じて知られている作品です (「歴史哲学テーゼ」)。この 「歴史の天使」 は未来をその背に、過去に向かって正面を向き繰り返される破局の瓦礫を見つめながら 「進歩」 と呼ばれる強風に正面から未来の背後へと吹き飛ばされる・・・

またこの絵の作者であるクレー自身も第一次世界大戦直後の瓦礫の山を目前にしそこから抽象性を引き出したことを記しています。

でもなぜ現代美術のトレンドセッターであるはずのドクメンタのしかも中央ホールに古びたクレーの絵が??

実際にこの階段を登ってみると足元がなにげなく不安。構造がちょっとやわです。なぜならこれは今回のドクメンタのために仮に設置された階段だから。資料を読むと、このフリデリチアヌムが第二次世界大戦の爆撃で破壊され、戦後に再建される前にあったオリジナルの階段を再現したということです。

そう知らされてみると、ここにクレーの 「新しい天使」 が掛けられているのが妥当に思えてきます。
戦後ドイツの文化的復興として始まったドクメンタの歴史、そして「モダニズムは我々の古典か?」 といった今回のドクメンタのテーマである歴史との取り組みまでもが脳裏に浮かんで、さまざまな意味の層を成していく。

それにしてもその瓦礫を目前に未来へ羽ばたく天使の画の前に、マックラーケンの存在を剥奪されたオブジェが設置されていることを思ってみると、なかなか不思議な気持ちがしてきます・・・

Cosima von Bonin

ドクメンタ・ホールでの作品。
インスタレーションRelax, it´s only a ghost (2006)
ミニマル彫刻と巨大なぬいぐるみの組み合わせ。犬の表彰式みたいです。
ここでもパッチワーク作品が。ロールシャッハという題名。

Zofia Kulik

もうひとつイスラムのカーペットを思わせる作品を。
ゾフィア・クリックという女性作家の作品。フリデリチアヌムで。会場が暗くて写真が手ぶれしてます。
多重露光した白黒写真を組み合わせてます。模様に見えるのはすべて人体。

Gerwald Rockenschaub

オーストリアの作家ロッケンシャウプ。
一度ベルリンのギャラリー Mehdi Chouakri で彼の空間インスタレーションを見て以来の気になる人。

今回のドクメンタではこの Gerwald Rockenschaub やJohn McCracken、Juan Davila の作品が一体メイン作家扱いなのかあらゆるところに出没します。

ここでは、彼のアクリル製透明な絵画がなぜかパッチワーク作品とともに並べられています。パッチワーク作品の作家名はチェックしたのに忘れてしまいました・・・・


赤い板と緑の直方体3本が底部で一体化した彫刻作品。赤い板には黒板素材がぺたっと貼り付けられています。いつの間にか展覧会に疲れた人々が緑の部分に腰を下ろしはじめ、観客が加わることでオブジェには途端に社会的意味が充填されてしまいます。通ったときちょうど観客の一人である小学生くらいの女の子が黒板に絵を描いて説明してて、なんかお疲れのせいでもあるのか皆さん聞き入ってました。もちろん演出ではありません。


第3展示場 Neue Galerie にあったカーペットの作品。これをもってミニマルがイスラムのカーペットとリンク?それとも気のせい?


かっこいいですね。

ガーデン・カーペット


北西イラン 1800年頃、庭園を鳥瞰して表現したカーペット。

ブラウンシュヴァイクから車でカッセルに到着したのが朝10時半。チケットを買っていざ展覧会へと意気込むとメイン会場であるフリデリチアヌムには長蛇の列が。そこでその横のドクメンタ・ホールから見始めることに。でもそこでも並びましたが。

会場に入ると Cosima von Bonin のぬいぐるみとミニマル彫刻とアップリケの作品に混じってイスラムのカーペットがどーんと。こういったいわゆる 「ファインアート」 との境界線上にある手工芸品が今回のドクメンタ会場のあらゆるところで見られます。本物の手工芸の他にも現代作品と手工芸品との類似を指摘するような並置も見受けられます。

そこで私のテーゼ:
この200年前のカーペットは次の2点において他の現代からの展示品とリンクしているとはいえないでしょうか?
1.西欧モダニスムが生みだした抽象表現との違いや類似を比較するための独自の抽象性。
2.手工芸、日常品、民族、フェミニズムといったマテリアルがもつ記号性。

ドクメンタ12/ 個人的感想

私、今回のドクメンタのファンです。

、とはいってもなかなか理解しがたく入り込みにくいです。

それはなぜなのか。

政治性
もともと、その第一回目 (1955年) からドクメンタは戦後ドイツの文化的復興を目的としていました。ナチスドイツの蛮行を撤回するためにもドイツの文化的熟成、政治的良心を世界に提示しなければなりません。時代とともに何が政治的正義であるかという基準は変わったとはいえ、その底辺にある目的意識はやはり簡単には変わらないようです。

そのためかドクメンタは政治的にとにかく半端でない気をつけ方をします。それがコンセプトをかなり複雑にして、また見えにくくしているといえます。

(でも単純な政治メッセージほど危険なものは無いのかもしれません。)

まずカタログからして、今回は厚さが半端じゃありません。前回に対して分厚いのは作家数がそれだけ増えたから。有名無名に限らないとしても、作家性メインに構成していく展覧会ではまずないという企画者側の意図が感じられます。

カタログをぱらぱらとめくってみるとすぐにイスラムの絨毯や写本、アジアの工芸品などが目に止まります。作品の選定からしてヨーロッパ中心主義をを排除しようとします。また芸術の源泉を東方に見出そうとしているのでしょうか?また中国人や日本人の名前は苗字--> 名前の順になっていて好感を持ちました。

美的体験?
展覧会場をまわってみて全体的に気づいたことは、展示作品になんらかのごく表面的な類似点が見出せること。そしてそれらの類似はあまりにも表面的で、美術史的にもテーマ的にも全く無関係で、とても微妙。なのでこれは私だけのごく個人的な見解かと何度も疑ってかかりました。

これが感性に基づいた美的体験なのでしょうか?ある作品を見てふと、他の会場で見たある作品を思い出し、ふとこの二つにつながりがあるのかと考える。考えてみるとその比較は全く意味を成さないことに気づく。作品同士のかかわり方がとても不思議に軽やか。

そんなわけで今回のドクメンタはとても地味。でもひとつひとつの作品をよーく見てみるといろいろな考えが心に浮かんではまた打ち消されていく。

「この共同の美術体験を通じて、自分と世界の交錯や対立に絶えず喜びを感じる市民社会が育成される。それはまた事物の関係性に対して目を開き、まやかしの明確さに別れを告げ、少なくとも展覧会訪問中は感性的体験 (或いは美的体験 ästhetische Erfahrung) の不確かな基盤上を動き回ることを可能とする社会である。」 (公式パンフレットからの抜粋、翻訳)

ごく個人的・主観的な 「共同体験」。

それを可能にするインターナショナルな美術展覧会が今回のモットーらしいです。

公式HP: http://www.documenta12.de/

2007年8月26日日曜日

こんなにかわいかったクヌート


今ではもうすっかり大きくなってしまって・・・
それにしても恐ろしい成長の速さ。

故郷の生存競争の激しさがしのばれます。

なまず

が釣れた。
ブラウンシュヴァイクでの締めくくり。

ナチスが大聖堂でしたこと。

引き続きブラウンシュヴァイク大聖堂。
ハインリヒ3世(獅子公と呼ばれる)により1173年に建設されたこの聖堂は第三帝国時代、ナチスの国策を支持するプロパガンダに利用されていました。

1147年に行われたスラブ民族を駆逐するための十字軍遠征を根拠に、ハインリッヒ3世はナチスによってナチス政治思想の先駆と見なされました(人種/民族主義者という点と、ヨーロッパ東部開拓者という点において)。

ナ チスが政権を握っていた1935年から1940年にかけて、ハインリッヒ3世が建立した中世当時の状態に戻すために、何世紀にも渡って集められた宗教的な 所蔵品(十字架や19世紀の絵画など)は悉く撤去され、大聖堂は最初の民族主義者・東方開拓者としてのハインリッヒ3世、並びにナチスを祭るといった特定の信仰の場へと作り替えられました。

聖堂の中央回廊にはハインリッヒ獅子王の 「東方征服」 を主題とする壁画が施され、ハインリッヒ3世がヒットラーの精神的な祖先と見做され、祭られていることは誰の目にも明白でした。

下は第三帝国時代の5マルク紙幣。表面にはハインリッヒ3世 、裏面にはブラウンシュヴァイク大聖堂が印刷されています。

戦後、聖堂はナチス以前の形に戻され再びプロテスタント教会として機能し始め、ナチスの痕跡は払拭、歴史は「リセット」されました。現在、中央廊の壁面が真っ白なのはそのためです。

もともとハインリッヒ獅子王が中世に建立したときも、自身の権力を市民に見せ付ける意味が強かったそうですが・・・

この大聖堂の例は、教会のような宗教的な場といえども政治との関わりからは決して逃れられないことを示してます。

それとも、宗教もある時代の政治的権力の一形態なのでしょうか。

参考: Wikipedia/ Braunschweiger Dom

大聖堂の側廊

ブラウンシュヴァイクの旧市街には教会がたくさんあります。その中のひとつブラウンシュヴァイク大聖堂に入ってみました。

写真は北側の回廊。この側廊は1466年から1474年の間に増築された部分だそう (教会の起工は1173年)。ねじれたように造形された柱に目を惹かれました。よくみると、柱と天井の造形それぞれが、ひとつひとつ違っています。

先日プラハに行ってきまして、プラハ城内の聖ヴィート大聖堂を見てきました。そこでもそうだったのですが、通常教会は正面のアプシスから着工され長い年月をかけて後方へと教会は建てられていきます。

そのため奥から手前に向かって、様式に変化が見られます。

これが一番奥の、一番古いもの。

そしてこれが一番後方の、年代的に一番新しいもの。この間は8年間。そんなに長い期間ではないですが、造形がかなり複雑緻密になっています。上図は柱に筒状のひもが巻きついたような造形ですが、下図は柱自体がひねられてるように見えます。

この柱の変化に、どういった時代性が読めるのか考えました。 複雑になっていくことが、発展と同義語であった時代だったのでしょうか? または、当時の幾何学の発展とも関連してるのかもしれません。

それともこれの様式の変化は意図的なのかもしれませんが・・・? そうだとしたらなぜ?

消費城

ドクメンタを見るためカッセルに行く際、ブラウンシュヴァイク Braunschweig に住む友達を訪ねました。
人口約25万人。ドイツでは中都市になります。東西分裂時代には西ドイツの東のはずれに位置しそれが未だ残る僻地臭さの要因でもあり、また他方ではフォルクスワーゲン城下町のひとつでもあり僻地のくせに金銭的には妙に潤ってる側面もあります。

かつては住んだこともあるBraunschweig。久しぶりに訪れてみたら街中にはすごいものが次々と登場していました。城の顔をしたショッピングモールと、キリスト教徒受難の歴史を表現した碑を紹介したいと思います。

シュロス・アルカーデン (Schloss Arkaden) 2007年

もともとは18世紀に建てられた大公のための居城。
第二次世界大戦で大部分を破損していた建物は市議会の決定により1960年に完全撤去。跡地には公園が造られました。その公園も2005年再度完全撤去。そして2007年、再び旧城ファサードが甦りました。オリジナルに忠実に復元。部分的に黒いのは現在残る純正部品。そう思うと真正さがさらに増します。
外から見るとものものしい雰囲気。美術館か何かと思ってしまいますが、中に一歩入るとそこは別世界。恐るべしや。現代社会を代表すべき消費の牙城。 見事に表面のみがぺらっと歴史的建造物、中身は巨大ショッピングモール。
世界最大のパズルといわれたドレスデンのフラウエン教会再建。ベルリンの旧東独文化宮殿取り壊しとベルリン市城の再建。ドイツは古い建物の再建ブームです。再建の度に多かれ少なかれ賛否両論の論争が起きますが、こんな大胆な例はかつてありませんでした。

公園の撤去と町の経済構造を壊すような計画に反対してここブラウンシュヴァイクでも市民運動が起きたようですが、戦後に城の廃墟が取り除かれる際にも美術史家の反対運動があったそうです。戦後の気分としては市民は廃墟なんて見たくなかったのかもしれません。一体残したらいいのか撤去したらいいのか、もう何がいいのか良く分かりません。ドイツは未だ戦争の後遺症に苦しんでるとしかいえません。

城内ショップ情報はこちら --> Schloss Arkaden Braunschweig

キリスト教碑 (Christentum-Säule) 2005年
年末にはクリスマスマーケットが立つ場所。そこにはこんなものが。キリスト教の歴史を構成した柱だそうです。

一番下にはキリスト誕生、そこから中世のキリスト教徒迫害から第二次世界大戦の聖職者迫害などなど、現代のクライマックスまで上に行くにしたがって時間が下っていきます。

そして頂上には

なんと黒煙を上げる世界貿易センター。
キリスト教を頂点として(!) ユダヤ教、イスラム教の世界3大宗教のシンボルと共に deus caritas est (神は愛) という教皇ベネディクト16世の言葉が。

キリスト教文化中心の世界図に疑問を提示した事件さえもを自身の受難の歴史に取り込んでしまう大胆な行為。

もしベルリンだったら大変な論争になってしまうようなことが簡単に許されてしまう無垢な町 Braunschweig。
(関係ないかもしれないけど標準ドイツ語 Hochdeutschを話します。)

個人的には楽しい思い出が多いですが。

2007年8月23日木曜日

雪国

川端康成。

駒子と葉子。二人の女が登場する。

冒頭のシーンにおいて、汽車の窓ガラスの反射を通して主人公である島村は葉子に出会う。実際には 「出会う」 のではなく、主人公側がただ一方的に発見する。ガラスに映る葉子の顔に野火のともし火が重なり合うのを観察しながら、島村はその炎を少女の目の鋭さと重ね合わせ、少女の内面を垣間見た気になる。

その後島村は、芸者駒子の顔を鏡越しに見、そこにかつてのガラス窓に映った葉子の顔を重ね合わせる。

「島村は表に出てからも、葉子の目つきが彼の額の前に燃えていそうでならなかった。それは遠いともし火のように冷たい。なぜならば、汽車の窓ガラスに写る葉子の顔を眺めているうちに、野山のともし火がその彼女の顔の向こうを流れ去り、ともし火と瞳とが重なって、ぼうっと明るくなった時、島村はなんともいえぬ美しさに胸がふるえた、その昨夜の印象を思い出すからであろう。それを思い出すと、鏡のなかいっぱいの雪のなかに浮かんだ、駒子の赤い頬も思い出されて来る。」

島村は鏡面を通してのみ女性を見つめる。

小説において一貫して女達の内面は全く描写されることがない。島村の眼に写しだされる姿を淡々と描写するのみ。

小説の語り手である主人公を目前にした駒子の発言や行動は逐一描写されても、彼女の生い立ちや行動心理には一切踏み込むことがない。さらに葉子にいたっては第三者である駒子の主観を通した情報しか島村には与えられない。

島村はひたすら駒子を観察し、そして駒子を通して葉子を発見する。観る者としての主人公があってはじめて、この女達の存在が可能になる。

そう考えてみると、島村の主観においては駒子と葉子は同一人物の鏡像であるといえる。

あるいは感情的になることのない冷たい鏡のような自身の内面に駒子の鏡像としての葉子を発見すると同時に、島村は駒子という鏡を通して自己を認識している、ともいえるかもしれない。

ただの鏡像であるはずの葉子はまた、突き刺すような鋭い視線で島村を見返す。

このように小説を通して主人公と女二人との間にある種の隔たりを感じさせておきながら、終盤の火事のシーンにおいては彼らの内面の宇宙が鮮やかに交差しあう (あくまでも主人公の主観においてではあるが)。

燃える炎が駒子の顔に写りこむとき、それは汽車の窓ガラスに見た葉子の顔と重なり、そして舞い上がる火の粉はまるで天の河に吸い上げられ流れ込むようだと描写される。

「その火の子は天の河のなかにひろがり散って、島村はまた天の河へ掬いあげられてゆくようだった。煙が天の河を流れるのと逆に天の河がさあっと流れ下りて来た。」

その二人の女の顔にぼおっと燃える炎は上昇して天の河に流れ込み、それはまた主人公の内なる宇宙へと逆流する。

「踏みこたえて目を上げた途端、さあっと音を立てて天の河が島村のなかへ流れ落ちるようであった。」

ラストの一文。

野良犬

という映画を観た。 こちらでは黒澤明作品と銘打ってDVD化されてるが、ネットでみたら黒澤明は演出を担当したらしい。

野良犬(1949) - goo 映画

終戦から4年後の製作。

刑事と犯人、引き上げ兵という似た過去を持つ二人の男。
その過去が二人の現状を支配していることが繰り返し暗示される。
刑事は何かしらの罪の意識にさいなまれそれを昇華しようと犯人を追い求める。
犯人は過去に苦しめられ、そこから逃げようと犯罪に走る。
このモチーフが物語の進行軸の基盤におかれ、人物の背負う過去自体が映画枠内の外側にあるところが、この映画を良質にしてる。と思う。

2007年8月16日木曜日

アンドレアス・ホーファー

ベルリン・ハンブルガー駅現代美術館での展覧会 「There is never a stop never a finish」 にて。

ミュンヘン出身のドイツ人作家アンドレアス・ホーファー (Andreas Hofer) がおもしろい気がする。




作家は1963年生まれ。作品から連想するのは、神話、中世の騎士物語、戦闘コミックのヒーロー、などなど。

この作家は作品に „Andy Hope 1930“ とサインをするそうです。
作家の生産活動さえもフィクション化してるともいえますが、何よりも 1930年といえばミュンヘンを拠点としたナチ党躍進の年。
というわけで今回は中世騎士物語の英雄に扮したアドルフ・ヒットラーの肖像を思い起こしました。


その他の作品はこちらのリンクで。

Galerie Bernd Kugler

Galerie Christine Mayer

Galerie Bleich Rossi

2007年8月15日水曜日

デューラーの自画像

芸術家とは何者なのでしょうか?

芸術家は特別な力を持ち、凡人の想像を超えた世界を内包しているという考えはどこから来ているのでしょうか?

「天才」 とは現実に存在するのでしょうか?それとも私達の想像内に存在するのみで、その 「天才」 という概念を実在の人間にあてはめているだけなのでしょうか?

芸術家自身の強烈な自己表現、真正さの証明とみなされる奔放な言動、芸術家の生産行為を神の創造と同等として賞賛すること。

これら、今日の私達が芸術家に対して投影している人物像はちょっと考えてみるだけで全く根拠がなくずいぶん不合理な気がします。

芸術あるいは芸術家が特別な威力を持つという考えは、16世紀ドイツにおいて初めてデューラーが記しています。「人体のプロポーションについて」 という著作の中で彼は、偉大な芸術家は理論と実践、技巧と応用、それらの融合から人体を自在に形態化することができると述べています。

人物の形体をを思いのままに産出すること、これが神の創造と同一視されるのでしょうか?


芸術家である自身をキリストになぞらえて描いたデューラーの自画像。

2007年8月14日火曜日

フィービ・ワッシュバーン

Regulated fool´s milk meadow
ドイツ・グッゲンハイム美術館にて、NY 在住の女性彫刻家フィービ・ワッシュバーン (Phoebe Washburn) の新作展 (展覧会リンク)

入り口近くにはビニールハウスっぽい外観のオブジェが。

芝生を種子から育てるための作業所のようですが、設備そのものは実際的な用途として不条理。

狭い会場には、ベニヤ板で出来た工場らしきものがどーんと。オブジェの両脇の通路を入っていくと反対側からオブジェ内に入れます。 芝生は発芽後ここに持ち込まれるようです。

ベルリンのグッゲンハイムは小さいです。そして長いです。その、奥にずずっと入っていく空間の特性を利用して逆にオブジェの大きさをいっぱいいっぱいにする作家、多い気がします。何年か前に見た、室内を石膏取りして空間を反転させる作家レイチェル・ホワイトリードの展示がそうでした。


ベニヤ板製工場の中。

建物の壁内をぐるりとベルトコンベアーが回っています。 数分おきにいきなりがたがたと稼動して、光と水を与えられます。

アーチスト本人によると、展示期間中には芝生が増えて、ベニヤ板に繁殖して、工場の屋根を覆うほどまでになる計画だそうです。

展覧会は10月14日まで。(それまでには芝に覆われた屋根を見るのは無理そうです・・・)