2010年4月14日水曜日

猿の近代制度批判

ウォルトン・フォード『BESTIARIUM』

ハンブルガーバーンホフ (Hamburger Bahnhof) で開催されているウォルトン・フォード (Walton Ford) を見てきました。

展覧会タイトルにある『BESTIARIUM』とは12世紀から13世紀の中世ヨーロッパで流布していた動物寓意譚のことだそう。様々な動物の特徴や習性とキリスト教的教訓とを結びつけ、そこに寓意や風刺を込めたもので、当時布教に大きな役割を果たしたとのこと。


Walton Ford, The Sensorium, 2003, Aquarell, Gouache, Bleistift und Tinte auf Papier, 152.4 x 302.3 cm, © Walton Ford

水彩で細部まで緻密に描かれた動物達は、18世紀から19世紀の西欧で盛んであった「博物画」というジャンルの挿絵を直ちに連想させます。紙に水彩で描かれていますが、紙の縁が黄ばんだように彩色されていて、意図的に古く見せようとしています。この、わざと古く見せる、というやり方は、確立されたジャンルである「博物画」から客観的な距離を取り、批判的にアプローチしようとしているように見えます。

歴史上の事実を動物に託した寓意、政治的抑圧に対する風刺。

作品をさらによく見てみると、至る所にロマン主義という美術史上のエポックへのアプローチが見られることに気づきます。

まずは背景。雪原や日没の光景の色使いは、まさにドイツロマン派の巨匠カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ。『The Island』(下図) では、その構図がフランスロマン主義の画家ジェリコーの『メデューズ号の筏』を彷彿とさせます。


Walton Ford; The Island; 2009; watercolor, gouache, pencil and ink on paper, © Walton Ford


Théodore Géricault; Le radeau de la Méduse; 1819

また、血を流すバッファローの周りを白狼の群れが取り囲む作品では、背景はフランス絶対王政時代のような幾何学式庭園となっています。

それでは「博物画」とは何だったのでしょうか。

大航海時代以降、進出先の各地で新種の動物・植物・鉱物の発見が相次ぎ、それを収集・分類する目的で博物学という学問が発達し、それに伴って博物画と呼ばれる挿絵が描かれる様になりました。

博物画というジャンルは、そのコンセプトの深いところで帝国主義や植民地政策と結びついているとも言える。そう考えると、フォードの作品の政治色の強い含意と、博物画という体裁とが結びついてくる。

また博物学自体は、研究のために集められた収集物を展示する目的で設立された自然史博物館や動物園、さらにそこから美術館という制度へと発展している。

そんな点からも、フォードの『美術』という制度への批判的なまなざしが読み取れるのではないでしょうか。

下図は今回の展示で美しいな、と感じた1点。


Walton Ford; Falling Bough; 2002; watercolor, gouache, pencil and ink on paper, © Walton Ford

ウォルトン・フォードは1960年ニューヨーク州ラーチモント生まれ。現在はマサチューセッツ州バークシャーの山の中で暮らし、画家としては90年代から活躍し始めています。すでに早い時期に、ニューヨーク自然史博物館の展示、特にアメリカ人鳥類学者で動物画家でもあるジョン・ジェームズ・オーデュボン (1785-1851) の博物画に魅了され、その関心から彼の芸術が展開されています。

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2010年5月24日まで開催。
@ ベルリン、ハンブルガーバーンホフ現代美術館
火曜〜金曜 10時〜6時
土曜 11時〜8時
日曜 11時〜6時
学割4ユーロ、普通8ユーロ(特別展のため毎週木曜の無料入場からは除外。残念。)
公式サイト