2008年9月14日日曜日

ポランスキーの『死と乙女』

ロマン・ポランスキーが75歳になるそうで、ここベルリンで最近取り上げられてるのを見かけます。

むかし映画館で観た「赤い航路」は楽しめたし、子供の時にテレビで観た「テス」は主人公がきれいででもかわいそう過ぎてちょっとトラウマ化してた。といことで、ポランスキー監督にはけっこういい印象があったのですが、「ピアニスト」「オリバーツイスト」と最近観たどれもダメだった。今から考えると「ナインスゲート」からダメは始まってたかも。

最近ちょっと話題だし、昔の作品はきっといいんだろうと思い、DVDを借りてきました。タイトルは「死と乙女」。でも1994年の作品で、そんなに古くはない (他の作品と比較して) みたい。

でも、よく出来てた。

登場人物は3人だけ (電話の声だけでの登場が他に二人ほど)。多少の戸外撮影を除くと、ほぼ完全な室内劇。原作は劇用の台本だったそうで、映画になっても台詞回しに物語進行が頼りすぎのところなどにその名残は残されています。

最初は誰もが、主人公の女性はつらい過去のあまり狂ってしまった、と思う。彼女の夫が思うように。

劇が進行するにつれ、主人公が過去にどんな経験をしたのかが徐々に明かされ、観客の感情も頂点に達し、本当にこの男が加害者であったのなら、裁かれるべき!と主人公に完全に感情移入してしまいますが、でも同時にこの男は本当は無実なのではという疑いも払拭できません。

でも断崖で死を目前にして初めて、男が自分の言葉で赤裸々に事実を語り終えたとき、私も女主人公と全く同じ脱力状態。もういいから帰って、という気持ちに襲われた。その辺の心理描写に説得力があるというか、心理描写が描写に留まってなくて観客の心理をも完全にフィクションの中に引きずりこんでる。で、観客の心理をほぼ代弁してるのが夫の行動。

断崖での告白もすごくおぞましい反面、悪ってどっから来るんだろう、と考えさせられる。男の平凡さもよく描かれていたし。

舞台設定・小道具も完璧。
南米のかつて独裁政権に支配されていた国、政治的活動をする弁護士の夫の立場。
冒頭で、ラジオから流れる事故報道に続いての政治犯虐待についての報道に聞き入る女主人公。
男が当時の加害者であることを証明する「死と乙女」のカセットテープ、ニーチェの引用、電気コードの使い方。

完璧な脚本とポランスキーの職人技の結晶でしょうか。
良質のフィクション。