2010年5月16日日曜日
ポール・シュレイダー『MISHIMA』
Mishima: A Life In Four Chapters

プレンツラウアーベルクのマニアックなレンタルショップ Negativland で VHS を借りてきました。
フィクションの部分への導入からその演出などなど、いい作品でした。
三島で思い出したのですが、昨年、大江健三郎氏がベルリン滞在した際に Haus der Kulturen der Welt で講演と朗読を兼ねた会が催されました。ドイツで翻訳出版されたばかりの「さようなら私の本よ!」の内容についてベルリン自由大学の比較文学科の教授がインタビューをしてそれに答えるという形式でした。
そこでテーマになった「三島問題」。
ちょっと前のことなので記憶に自信がないのですが・・・
三島由紀夫の場合、小説を書き始める時に、既に最後の一行が決まっている。そういった仕事の仕方、ならびに三島の美学を大江氏は「静的」と批判されていました。そして・・・
・・・講演を聞いた当時は感銘を受けたはずが、すっかり内容を忘れております。
確か、その静的な美学が三島を自決に導いた、というようなことを言っていたと記憶していますが。。。
この映画は、大江氏が話されていたような、三島美学の閉塞感を感じさせるのでした。

プレンツラウアーベルクのマニアックなレンタルショップ Negativland で VHS を借りてきました。
フィクションの部分への導入からその演出などなど、いい作品でした。
三島で思い出したのですが、昨年、大江健三郎氏がベルリン滞在した際に Haus der Kulturen der Welt で講演と朗読を兼ねた会が催されました。ドイツで翻訳出版されたばかりの「さようなら私の本よ!」の内容についてベルリン自由大学の比較文学科の教授がインタビューをしてそれに答えるという形式でした。
そこでテーマになった「三島問題」。
ちょっと前のことなので記憶に自信がないのですが・・・
三島由紀夫の場合、小説を書き始める時に、既に最後の一行が決まっている。そういった仕事の仕方、ならびに三島の美学を大江氏は「静的」と批判されていました。そして・・・
・・・講演を聞いた当時は感銘を受けたはずが、すっかり内容を忘れております。
確か、その静的な美学が三島を自決に導いた、というようなことを言っていたと記憶していますが。。。
この映画は、大江氏が話されていたような、三島美学の閉塞感を感じさせるのでした。
2010年5月14日金曜日
ホフマン・コレクション
Sammlung Hoffmann Berlin
企業家であったホフマン夫妻が60年代後半から収集している現代アートのコレクション。ここのユニークな点は、作品が設置された個人の自宅内を見学できることです。建物自体はかつての医療機器工場を改装したもので、最上の2階分が現在ホフマン夫人の仕事場兼住居となっています。
邸宅内の雰囲気は こちら を。
コレクションの重点は時代・ジャンル・地域とも多岐にわたります。その幅広さはコレクター個人の顔を全く垣間見せないほど。収集のきっかけは、長年所有していた会社がデュッセルドルフ近くのメンヒェングラートバッハにあったため、60年代デュッセルドルフで活躍していた芸術家集団ZEROとの親交でした。その後アメリカに何度も足を運んだことからステラ、ナウマンなど多くのアメリカ人アーチストの作品がコレクションに加わり、1997年ベルリンへの移住後は東欧やアジア出身のアーチストの作品がコレクションをさらに幅広いものにしていきます。
展示内容はホフマン夫人監修のもとに計画され、毎年7月には展示替えが行われます。
私が訪れた2010年5月には、ナチスドイツや冷戦などの記憶をテーマとして展示の大部分が構成されていました。クリスチャン・ボルタンスキー (Christian Boltanski)、アストリッド・クライン (Astrid Klein)、フェリックス・ゴンザレス・トレス (Felix Gonzalez Torres)、エルネスト・ネト (Ernesto Neto)、塩田千春などなど。
一貫性のある展示コンセプトや収集作品たちは、公共の美術館にも全くひけをとらないクオリティー。若いスタッフによるガイダンスも、参加者たちから印象を聞き出すことから始め、専門的な情報提供は後回しにするなど、方針がしっかりしています。
ただそこが弱点でもあり。プライベート・コレクションは公共事業である美術館とは違うはず。ホフマン・コレクションではコレクター個人の趣味嗜好が全く見られず、公共美術館の二次的なものというステータスに陥ってしまってるといえるのでは。とってもいじわるな見方をするならば、資産階級のご婦人の啓蒙活動に付き合わされている、といった感。そのためガイダンス終了後にはさりげないうんざり感が。
主要な所蔵作家:
Bill Beckley, Marcel Broodthaers, Günther Förg, Isa Genzken, Nan Goldin, Felix Gonzalez-Torres, Georg Herold, François Morellet, Ernesto Neto, Hermann Nitsch, Arnulf Rainer, Gerhard Richter, Andy Warhol, Franz West(公式サイトより抜粋)
見学:
毎週土曜11時から4時の間に行われるガイダンス(所要1時間半)は予約制。予約は電話またはメールで。
写真撮影禁止。
入場料8ユーロ(2010年5月現在)
アクセス:
最寄り駅は地下鉄 U8 Weinmeisterstraße またはSバーン Hackescher Markt。ソフィエン通り (Sophienstrasse) 21番地から中庭の一番奥へ入り、カフェBarcomi'sの向かい、つまり進行方向右側が入り口。
Größere Kartenansicht
公式サイト(英語・ドイツ語)
入り口の様子
企業家であったホフマン夫妻が60年代後半から収集している現代アートのコレクション。ここのユニークな点は、作品が設置された個人の自宅内を見学できることです。建物自体はかつての医療機器工場を改装したもので、最上の2階分が現在ホフマン夫人の仕事場兼住居となっています。
邸宅内の雰囲気は こちら を。
コレクションの重点は時代・ジャンル・地域とも多岐にわたります。その幅広さはコレクター個人の顔を全く垣間見せないほど。収集のきっかけは、長年所有していた会社がデュッセルドルフ近くのメンヒェングラートバッハにあったため、60年代デュッセルドルフで活躍していた芸術家集団ZEROとの親交でした。その後アメリカに何度も足を運んだことからステラ、ナウマンなど多くのアメリカ人アーチストの作品がコレクションに加わり、1997年ベルリンへの移住後は東欧やアジア出身のアーチストの作品がコレクションをさらに幅広いものにしていきます。
展示内容はホフマン夫人監修のもとに計画され、毎年7月には展示替えが行われます。
私が訪れた2010年5月には、ナチスドイツや冷戦などの記憶をテーマとして展示の大部分が構成されていました。クリスチャン・ボルタンスキー (Christian Boltanski)、アストリッド・クライン (Astrid Klein)、フェリックス・ゴンザレス・トレス (Felix Gonzalez Torres)、エルネスト・ネト (Ernesto Neto)、塩田千春などなど。
一貫性のある展示コンセプトや収集作品たちは、公共の美術館にも全くひけをとらないクオリティー。若いスタッフによるガイダンスも、参加者たちから印象を聞き出すことから始め、専門的な情報提供は後回しにするなど、方針がしっかりしています。
ただそこが弱点でもあり。プライベート・コレクションは公共事業である美術館とは違うはず。ホフマン・コレクションではコレクター個人の趣味嗜好が全く見られず、公共美術館の二次的なものというステータスに陥ってしまってるといえるのでは。とってもいじわるな見方をするならば、資産階級のご婦人の啓蒙活動に付き合わされている、といった感。そのためガイダンス終了後にはさりげないうんざり感が。
主要な所蔵作家:
Bill Beckley, Marcel Broodthaers, Günther Förg, Isa Genzken, Nan Goldin, Felix Gonzalez-Torres, Georg Herold, François Morellet, Ernesto Neto, Hermann Nitsch, Arnulf Rainer, Gerhard Richter, Andy Warhol, Franz West(公式サイトより抜粋)
見学:
毎週土曜11時から4時の間に行われるガイダンス(所要1時間半)は予約制。予約は電話またはメールで。
写真撮影禁止。
入場料8ユーロ(2010年5月現在)
アクセス:
最寄り駅は地下鉄 U8 Weinmeisterstraße またはSバーン Hackescher Markt。ソフィエン通り (Sophienstrasse) 21番地から中庭の一番奥へ入り、カフェBarcomi'sの向かい、つまり進行方向右側が入り口。
Größere Kartenansicht
公式サイト(英語・ドイツ語)
2010年5月8日土曜日
有名人を見た in プレンツラウアーベルク No.2
近所の道端をダニエル・ブリュールが歩いていました。
有名な人を見かけた場合、こちらの視線がさらーっとプロフェッショナルに無視されるのが通常なのですが、この方、私の視線に気づいて視線を返されました。
とても大きい声で電話してて、その話し方で「なんか知ってる」と気づいたほど。
ベルリンはのんびりしてるなー、と。
有名な人を見かけた場合、こちらの視線がさらーっとプロフェッショナルに無視されるのが通常なのですが、この方、私の視線に気づいて視線を返されました。
とても大きい声で電話してて、その話し方で「なんか知ってる」と気づいたほど。
ベルリンはのんびりしてるなー、と。
2010年5月3日月曜日
ギャラリー・ウィークエンド 2010
に出掛けてきました。
最終日の5月1日ということもあり、観客はの姿はすでにまばら。
参加ギャラリーが集まっている地域がいくつかある中、ミッテのAuguststrasseかチェックポイントチャーリー近くのStadtmitte周辺に行くか迷い、結局バーバラ・ヴァイス画廊が参加してることもありStadtmitteに行きました。
まずは トーマス・シュルテ画廊 (Galerie Thomas Schulte) へ。
ユアン・ウスレ? (Juan Uslé) というスペイン人作家の絵画作品が良かったです。
そしてバーバラ・ヴァイス画廊 (Galerie Barbara Weiss)へ。
書類ケース型のオブジェと問題を抱えた様子で悩む女性達の絵を組み合わせた、意味ありげなコンセプチャル・ペインティング。ジョン・ミラー (John Miller) というアメリカの作家。
次はブーフマン画廊 (Buchmann Galerie) の宮島達夫展。
1から9までの数字が、点滅しながら消えたり、そしてまた点灯して数を数え始めたりします。私にはどうしても、オブジェの全体の体が、地形図またはドイツやオーストリアなど国の地図のように見えてしまいました。すると、この点滅する数字が、現在その土地での死亡や出産の数を表しているのでは、という考えに取り憑かれて、違う視点で見ることが全く出来なくなってしまいました。
天気も悪いことだし、ここで帰宅。
最終日の5月1日ということもあり、観客はの姿はすでにまばら。
参加ギャラリーが集まっている地域がいくつかある中、ミッテのAuguststrasseかチェックポイントチャーリー近くのStadtmitte周辺に行くか迷い、結局バーバラ・ヴァイス画廊が参加してることもありStadtmitteに行きました。
まずは トーマス・シュルテ画廊 (Galerie Thomas Schulte) へ。
ユアン・ウスレ? (Juan Uslé) というスペイン人作家の絵画作品が良かったです。
そしてバーバラ・ヴァイス画廊 (Galerie Barbara Weiss)へ。
書類ケース型のオブジェと問題を抱えた様子で悩む女性達の絵を組み合わせた、意味ありげなコンセプチャル・ペインティング。ジョン・ミラー (John Miller) というアメリカの作家。
次はブーフマン画廊 (Buchmann Galerie) の宮島達夫展。
1から9までの数字が、点滅しながら消えたり、そしてまた点灯して数を数え始めたりします。私にはどうしても、オブジェの全体の体が、地形図またはドイツやオーストリアなど国の地図のように見えてしまいました。すると、この点滅する数字が、現在その土地での死亡や出産の数を表しているのでは、という考えに取り憑かれて、違う視点で見ることが全く出来なくなってしまいました。
天気も悪いことだし、ここで帰宅。
2010年5月2日日曜日
メルケル vs. シュレーダー
アートによる政治的表明
シュレーダー元首相の仕事部屋に掛けられたゲオルグ・バゼリッツの『墜落する鷹』。
プロイセン、ワイマール共和国、はてはナチスドイツでも国章として使用され、現在でもドイツ連邦共和国の国章に使われている黒い鷹が、ここではバゼリッツの十八番の手法「逆さま」で描かれています。
墜落する鷹。保守・伝統に対するアイロニー?
また、シュレーダー元首相の前職であるコール元首相が、ある意味オーソドックスな近代芸術に傾倒していたのに比べ、バゼリッツという選択はかなり現代的であるといえます。
シュレーダーはバゼリッツ以外にもヨルク・インメンドルフ (Jörg Immendorf) やマルクス・リューペルツ (Markus Lüperz) らの芸術家たちと個人的に親交があり、インメンドルフはシュレーダーの肖像画(老いた芸術家に特有な出来?)を描いたりもしています。
メルケル現首相の場合、オスカー・ココシュカの手になるコンラート・アデナウアーの肖像。
1966年にココシュカが連邦議会からの依頼で描いたものです。
ココシュカのようにナチスから退廃芸術家と烙印を押された芸術家たちは、過去との意識的な決別を目指す戦後の政治家たちに好んで引用されています。ヘルムート・シュミット元首相が1975年にボンの首相官邸を表現主義の作品で埋めつくしたことしかり。また、ここに描かれているアデナウアーはキリスト教民主同盟 (CDU) の初代党首であり、メルケル氏の政治活動上での鑑といえるでしょう。
メルケルと、ココシュカによるアデナウアー。これは保守への回帰? それともメルケル首相の穏やかで謙虚な政治姿勢と理解すべきでしょうか?
もちろん、シュレーダーさんにもメルケルさんにもプライベートな趣味嗜好というものはあるでしょう。しかし、首相官邸の仕事部屋という、メディアを通じて大衆の目に晒される場においては、個人の好みを超えた表明があるということを、このふたつの写真は教えてくれます。
---------------------------
本テーマは、現在ドイツ歴史博物館で開催中の展覧会「権力の誇示/統治戦略としての芸術」(Macht Zeigen. Kunst als Herrschaftsstrategie) にても扱われています。展覧会は2010年6月13日まで。公式サイト
参考
シュレーダー元首相の仕事部屋に掛けられたゲオルグ・バゼリッツの『墜落する鷹』。
Gerhard Schröder - stürzender Adler (Georg Baselitz)
プロイセン、ワイマール共和国、はてはナチスドイツでも国章として使用され、現在でもドイツ連邦共和国の国章に使われている黒い鷹が、ここではバゼリッツの十八番の手法「逆さま」で描かれています。
墜落する鷹。保守・伝統に対するアイロニー?
また、シュレーダー元首相の前職であるコール元首相が、ある意味オーソドックスな近代芸術に傾倒していたのに比べ、バゼリッツという選択はかなり現代的であるといえます。
シュレーダーはバゼリッツ以外にもヨルク・インメンドルフ (Jörg Immendorf) やマルクス・リューペルツ (Markus Lüperz) らの芸術家たちと個人的に親交があり、インメンドルフはシュレーダーの肖像画(老いた芸術家に特有な出来?)を描いたりもしています。
メルケル現首相の場合、オスカー・ココシュカの手になるコンラート・アデナウアーの肖像。
Angela Merkel - Konrad Adenauer (Oskar Kokoschka)
1966年にココシュカが連邦議会からの依頼で描いたものです。
ココシュカのようにナチスから退廃芸術家と烙印を押された芸術家たちは、過去との意識的な決別を目指す戦後の政治家たちに好んで引用されています。ヘルムート・シュミット元首相が1975年にボンの首相官邸を表現主義の作品で埋めつくしたことしかり。また、ここに描かれているアデナウアーはキリスト教民主同盟 (CDU) の初代党首であり、メルケル氏の政治活動上での鑑といえるでしょう。
メルケルと、ココシュカによるアデナウアー。これは保守への回帰? それともメルケル首相の穏やかで謙虚な政治姿勢と理解すべきでしょうか?
もちろん、シュレーダーさんにもメルケルさんにもプライベートな趣味嗜好というものはあるでしょう。しかし、首相官邸の仕事部屋という、メディアを通じて大衆の目に晒される場においては、個人の好みを超えた表明があるということを、このふたつの写真は教えてくれます。
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本テーマは、現在ドイツ歴史博物館で開催中の展覧会「権力の誇示/統治戦略としての芸術」(Macht Zeigen. Kunst als Herrschaftsstrategie) にても扱われています。展覧会は2010年6月13日まで。公式サイト
参考
意味が外部から付加されるとき
チリダとムーア
今日ベルリンにある、ドイツ連邦首相官邸の前に立つエドゥアルド・チリダの『ベルリン』(2000年)。ふたつの形体がお互いに絡み合うかのように屹立しています。

すでにお分かりのようにベルリンの東西分断を視覚化したものですが、こういった「ふたつ」のものを繋ぎ合わせたり対峙させたりする形体表現 (Formensprache) のタイプは、壁崩壊後のベルリンでのパプリック・アートの定石となっています。
こちらがポツダム広場にあるキース・ヘリング

同じくポツダム広場のロバート・ラウシェンバーグ

これはシュプレー川にたつジョナサン・ボロフスキーの『Molecule Man』

次にこちらが東西分裂時代の首都ボンの首相官邸(旧)前にあるヘンリー・ムーアの『large two forms』。そうです、ここでも「ふたつのかたち」が扱われています。

もう一度ベルリンのチリダを。

ドイツ民主主義共和国(東独)が崩壊し、ドイツ連邦共和国(西独)が旧東独地域まで拡大、連邦政府はボンからベルリンへ移動しました。ムーアとチリダの作品のフォルムの相似はこの政治権力移動の象徴といえます。
それにしても、このように「東西ドイツの象徴」として意味付けをしてしまうと、とたんに作品が図式化されてしまってつまらなく見えてしまいます。チリダやムーアのようなアブストラクトな作品は、そういった具体的な意味の付加に特に弱いといえます。
芸術作品の解釈はもっと開かれたもののはずでは、という問いが残ります。
同じことが、ノイエ・ヴァッへに設置されているケーテ・コルヴィッツのピエタ像にもいえるでしょう。
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本テーマは、現在ドイツ歴史博物館で開催中の展覧会「権力の誇示/統治戦略としての芸術」(Macht Zeigen. Kunst als Herrschaftsstrategie) にても扱われています。展覧会は2010年6月13日まで。公式サイト
今日ベルリンにある、ドイツ連邦首相官邸の前に立つエドゥアルド・チリダの『ベルリン』(2000年)。ふたつの形体がお互いに絡み合うかのように屹立しています。

すでにお分かりのようにベルリンの東西分断を視覚化したものですが、こういった「ふたつ」のものを繋ぎ合わせたり対峙させたりする形体表現 (Formensprache) のタイプは、壁崩壊後のベルリンでのパプリック・アートの定石となっています。
こちらがポツダム広場にあるキース・ヘリング

同じくポツダム広場のロバート・ラウシェンバーグ

これはシュプレー川にたつジョナサン・ボロフスキーの『Molecule Man』

次にこちらが東西分裂時代の首都ボンの首相官邸(旧)前にあるヘンリー・ムーアの『large two forms』。そうです、ここでも「ふたつのかたち」が扱われています。

もう一度ベルリンのチリダを。

ドイツ民主主義共和国(東独)が崩壊し、ドイツ連邦共和国(西独)が旧東独地域まで拡大、連邦政府はボンからベルリンへ移動しました。ムーアとチリダの作品のフォルムの相似はこの政治権力移動の象徴といえます。
それにしても、このように「東西ドイツの象徴」として意味付けをしてしまうと、とたんに作品が図式化されてしまってつまらなく見えてしまいます。チリダやムーアのようなアブストラクトな作品は、そういった具体的な意味の付加に特に弱いといえます。
芸術作品の解釈はもっと開かれたもののはずでは、という問いが残ります。
同じことが、ノイエ・ヴァッへに設置されているケーテ・コルヴィッツのピエタ像にもいえるでしょう。
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本テーマは、現在ドイツ歴史博物館で開催中の展覧会「権力の誇示/統治戦略としての芸術」(Macht Zeigen. Kunst als Herrschaftsstrategie) にても扱われています。展覧会は2010年6月13日まで。公式サイト
政治への利用?
コルヴィッツのピエタ像をめぐって
ドイツ古典主義建築の巨匠シンケルによって「衛兵所」として設計された建物(過去の記事)。
歴史の波に翻弄された紆余曲折を経て、東西ドイツ統一後の1993年以来ドイツ連邦政府の中央追悼施設として「国民哀悼の日」の式典会場となっています。
当時の首相ヘルムート・コールの考えにより、ここにはケーテ・コルヴィッツの『ピエタ』が設置されていますが、このことは当時大変大きな論争を巻き起こしました。
1914年に第一次大戦で失った息子の死を昇華させるため、1938年にこの「母と子」と名付けられた作品が制作されました。実はコルヴィッツのオリジナルは、大きさがたったの38センチ(オリジナルはベルリンのケーテ・コルヴィッツ美術館収蔵)。ノイエ・ヴァッへに設置されている複製では、高さが150センチまで拡大されています。足下には「戦争と暴力統治による犠牲者のために (Für die Opfer von Krieg und Gewaltherrschaft)」と碑文があります。
論争の焦点は何だったのでしょうか。
ひとつめは碑文の文面「戦争と暴力統治による犠牲者」が、犠牲者と加害者を同等に扱っているとも理解できるという点でした。例えば、ナチス高官も上からの命令に従っただけの犠牲者と考えることも可能だということです。
そしてふたつめはコルヴィッツの作品に見られる「ピエタ」という図像パターンにあります。このイコノグラフィーがキリスト教特有のものだということで、他の宗教を排除するという意味で排他的と考えられます。しかもユダヤ人に殺害されたキリストの死を悲しむ像で第二次世界大戦で大量殺害されたユダヤ人の死を追悼するとはいかがなものか、という批判です。
特に影響を及ぼしたのが、以下のツァイト紙(1998年13号)の記事でした。
»Denn die Pieta schließt sowohl die Juden aus wie die Frauen, die beiden größten Gruppen der unschuldig Umgebrachten und Umgekommenen des Zweiten Weltkrieges. Dies ist antijüdisch: Hinter der Trauer um den Leichnam Christi lauern jene seit dem späten Mittelalter bösartig visualisierten Juden, die den Gottessohn ermordet hätten. Und hinter der sichtbar überlebenden Mutter rufen Millionen vernichteter, ermordeter oder vergaster und verschwundener Frauen: Und wer gedenkt unser? Ein doppelter Mißgriff mit Folgen, die sich aus einer deshalb auch ästhetisch zweitrangigen Lösung zwingend ergeben. Der Denkfehler gebiert ästhetische Mißgestalten.« (Reinhart Kosselick; Die Zeit; 1998, Nr. 13)
「なぜなら『ピエタ』はユダヤ人と女性達の両方を排除するからだ。両者とも第二次世界大戦で無実のまま殺害された者たちの代表である。そしてこの両者を排除することこそが、反ユダヤ的なのである。キリストの遺骸を囲む悲嘆の背後には、神の子を死に至らしめ、そのため中世以来悪として視覚化され続けてきたユダヤ人たちが見え隠れしている。またここに生き残り実像化されている母の背後には、虐殺され露と消えていった何万人もの女性たちが叫び声をあげている。いったい誰が、我々を思い出してくれるというのか? ここで犯されている二重の過ちは、芸術的に凡庸な思考の帰結であるといえる後遺症を伴う。すなわち思考上の過ちが、芸術的に不適切な形体を生んだのである」
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現在ドイツ歴史博物館で開催中の展覧会「権力の誇示/統治戦略としての芸術」(Macht Zeigen. Kunst als Herrschaftsstrategie) にても本テーマが扱われています。展覧会は2010年6月13日まで。公式サイト
Neue Wache についての参考 URL
2010年4月14日水曜日
猿の近代制度批判
ウォルトン・フォード『BESTIARIUM』
ハンブルガーバーンホフ (Hamburger Bahnhof) で開催されているウォルトン・フォード (Walton Ford) を見てきました。
展覧会タイトルにある『BESTIARIUM』とは12世紀から13世紀の中世ヨーロッパで流布していた動物寓意譚のことだそう。様々な動物の特徴や習性とキリスト教的教訓とを結びつけ、そこに寓意や風刺を込めたもので、当時布教に大きな役割を果たしたとのこと。

Walton Ford, The Sensorium, 2003, Aquarell, Gouache, Bleistift und Tinte auf Papier, 152.4 x 302.3 cm, © Walton Ford
水彩で細部まで緻密に描かれた動物達は、18世紀から19世紀の西欧で盛んであった「博物画」というジャンルの挿絵を直ちに連想させます。紙に水彩で描かれていますが、紙の縁が黄ばんだように彩色されていて、意図的に古く見せようとしています。この、わざと古く見せる、というやり方は、確立されたジャンルである「博物画」から客観的な距離を取り、批判的にアプローチしようとしているように見えます。
歴史上の事実を動物に託した寓意、政治的抑圧に対する風刺。
作品をさらによく見てみると、至る所にロマン主義という美術史上のエポックへのアプローチが見られることに気づきます。
まずは背景。雪原や日没の光景の色使いは、まさにドイツロマン派の巨匠カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ。『The Island』(下図) では、その構図がフランスロマン主義の画家ジェリコーの『メデューズ号の筏』を彷彿とさせます。

Walton Ford; The Island; 2009; watercolor, gouache, pencil and ink on paper, © Walton Ford

Théodore Géricault; Le radeau de la Méduse; 1819
また、血を流すバッファローの周りを白狼の群れが取り囲む作品では、背景はフランス絶対王政時代のような幾何学式庭園となっています。
それでは「博物画」とは何だったのでしょうか。
大航海時代以降、進出先の各地で新種の動物・植物・鉱物の発見が相次ぎ、それを収集・分類する目的で博物学という学問が発達し、それに伴って博物画と呼ばれる挿絵が描かれる様になりました。
博物画というジャンルは、そのコンセプトの深いところで帝国主義や植民地政策と結びついているとも言える。そう考えると、フォードの作品の政治色の強い含意と、博物画という体裁とが結びついてくる。
また博物学自体は、研究のために集められた収集物を展示する目的で設立された自然史博物館や動物園、さらにそこから美術館という制度へと発展している。
そんな点からも、フォードの『美術』という制度への批判的なまなざしが読み取れるのではないでしょうか。
下図は今回の展示で美しいな、と感じた1点。

Walton Ford; Falling Bough; 2002; watercolor, gouache, pencil and ink on paper, © Walton Ford
ウォルトン・フォードは1960年ニューヨーク州ラーチモント生まれ。現在はマサチューセッツ州バークシャーの山の中で暮らし、画家としては90年代から活躍し始めています。すでに早い時期に、ニューヨーク自然史博物館の展示、特にアメリカ人鳥類学者で動物画家でもあるジョン・ジェームズ・オーデュボン (1785-1851) の博物画に魅了され、その関心から彼の芸術が展開されています。
---------------------------------------
2010年5月24日まで開催。
@ ベルリン、ハンブルガーバーンホフ現代美術館
火曜〜金曜 10時〜6時
土曜 11時〜8時
日曜 11時〜6時
学割4ユーロ、普通8ユーロ(特別展のため毎週木曜の無料入場からは除外。残念。)
公式サイト
ハンブルガーバーンホフ (Hamburger Bahnhof) で開催されているウォルトン・フォード (Walton Ford) を見てきました。
展覧会タイトルにある『BESTIARIUM』とは12世紀から13世紀の中世ヨーロッパで流布していた動物寓意譚のことだそう。様々な動物の特徴や習性とキリスト教的教訓とを結びつけ、そこに寓意や風刺を込めたもので、当時布教に大きな役割を果たしたとのこと。

Walton Ford, The Sensorium, 2003, Aquarell, Gouache, Bleistift und Tinte auf Papier, 152.4 x 302.3 cm, © Walton Ford
水彩で細部まで緻密に描かれた動物達は、18世紀から19世紀の西欧で盛んであった「博物画」というジャンルの挿絵を直ちに連想させます。紙に水彩で描かれていますが、紙の縁が黄ばんだように彩色されていて、意図的に古く見せようとしています。この、わざと古く見せる、というやり方は、確立されたジャンルである「博物画」から客観的な距離を取り、批判的にアプローチしようとしているように見えます。
歴史上の事実を動物に託した寓意、政治的抑圧に対する風刺。
作品をさらによく見てみると、至る所にロマン主義という美術史上のエポックへのアプローチが見られることに気づきます。
まずは背景。雪原や日没の光景の色使いは、まさにドイツロマン派の巨匠カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ。『The Island』(下図) では、その構図がフランスロマン主義の画家ジェリコーの『メデューズ号の筏』を彷彿とさせます。

Walton Ford; The Island; 2009; watercolor, gouache, pencil and ink on paper, © Walton Ford

Théodore Géricault; Le radeau de la Méduse; 1819
また、血を流すバッファローの周りを白狼の群れが取り囲む作品では、背景はフランス絶対王政時代のような幾何学式庭園となっています。
それでは「博物画」とは何だったのでしょうか。
大航海時代以降、進出先の各地で新種の動物・植物・鉱物の発見が相次ぎ、それを収集・分類する目的で博物学という学問が発達し、それに伴って博物画と呼ばれる挿絵が描かれる様になりました。
博物画というジャンルは、そのコンセプトの深いところで帝国主義や植民地政策と結びついているとも言える。そう考えると、フォードの作品の政治色の強い含意と、博物画という体裁とが結びついてくる。
また博物学自体は、研究のために集められた収集物を展示する目的で設立された自然史博物館や動物園、さらにそこから美術館という制度へと発展している。
そんな点からも、フォードの『美術』という制度への批判的なまなざしが読み取れるのではないでしょうか。
下図は今回の展示で美しいな、と感じた1点。

Walton Ford; Falling Bough; 2002; watercolor, gouache, pencil and ink on paper, © Walton Ford
ウォルトン・フォードは1960年ニューヨーク州ラーチモント生まれ。現在はマサチューセッツ州バークシャーの山の中で暮らし、画家としては90年代から活躍し始めています。すでに早い時期に、ニューヨーク自然史博物館の展示、特にアメリカ人鳥類学者で動物画家でもあるジョン・ジェームズ・オーデュボン (1785-1851) の博物画に魅了され、その関心から彼の芸術が展開されています。
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2010年5月24日まで開催。
@ ベルリン、ハンブルガーバーンホフ現代美術館
火曜〜金曜 10時〜6時
土曜 11時〜8時
日曜 11時〜6時
学割4ユーロ、普通8ユーロ(特別展のため毎週木曜の無料入場からは除外。残念。)
公式サイト
2009年9月23日水曜日
21世紀のアートとは?
ハンブルガーバーンホフ常設展再開!
ここ数年ぱっとしなかったハンブルガーバーンホフ現代美術館。この度ウド・キッテルマンが新館長となりリニューアルオープンされました。タイトルはずばり 『Kunst ist super! 』 アートはカッコいい! って...
同美術館の現代美術コレクションが、ベルリンの他の美術館・博物館から貸し出された収蔵品と対峙させられています。ここでは、それらのコンステレーションから、ほんの一部をピックアップ。
まずその空虚さに驚くのが入り口を入ってすぐの中央ホール。
かつてアンゼルム・キーファーやリチャード・ロング等、この美術館の顔的存在の作品が置かれていた大ホールはすっきりと片付けられ、中央にマルセル・デュシャンの超有名作品 『自転車の車輪』 がぽつんと置かれているだけ。
この作品が入り口ホールに置かれることにより 「訪問者に現代美術の歴史的幕開けを示唆する」 とは無料で配布されるパンフレットから。
ホール左奥に置かれた古い型の貨物列車の車両 が、この美術館の建物がかつて駅であったことを示唆しているようです。また、写真には写ってませんが、ホール右手前には、列車の作品と形も大きさも似通った箱形の作品が置かれていて、中に人が入れるようになっています。中を覗いて初めて、それがテートモダンのタービンホールが縮小された模型であることが分かります。
貨物列車のインスタレーションは、ポーランド出身の作家ロバート・クスミロフスキー (Robert Kusmirowski) の作品でタイトルは「Waggon」。テートモダンの模型は、ローマン・オンダック (Roman Ondák) の作品で、タイトルは「It Will All Turn Out Right in the End」。
この3点の配置は何を意図するのでしょうか。貨物列車は実物大の、テートモダンは縮小された、しかし両者とも模型であることが共通しています。まず、同寸の列車と大幅に縮小されたテートモダンとの縮尺の差が、鑑賞者のサイズへの感覚を不安定にします。
列車の模型は、かつてここがハンブルク行きの列車が発着する駅であったことを示唆し、テートモダンの模型には、この場所も美術館であるという共通項が見て取れます。テートモダンもハンブルガーバーンホフも、もともとはインダストリアルな建築であり、近代(モダン)の重要な要素である社会の産業化を思わせます。また列車模型は、作家がポーランド人ということもありやはりアウシュビッツへのユダヤ人搬送を連想してしまいます。そこから、列車の模型は20世紀で最も暗い過去を象徴しており、またテートモダンの模型はタイトルからもポジティブな未来を象徴しているように思われます。
そこに、20世紀の美術の方向を決定づけたデュシャンの『自転車の車輪』。
デュシャンの車輪と貨物列車の車輪とが関係してるように見えるのも、偶然ではなく、明らかにキュレーターの意図していることでしょう。
過去の時間内を走り抜ける搬送貨車や、20世紀を通して回り続けたデュシャンの車輪から、過去と未来をつなぐ時間軸が読み取ることが可能です。またその観念上の時間軸は、列車の発着ホールという建築物が内包する、線路によって引き延ばされる方向性とも関連しています。
ここでは、具体的な形を全く見せないまま、21世紀へとつづく未来のアートを示唆しています。
ウォーホルのポートレート作品が並ぶ部屋には、ドイツ新古典主義時代の胸像が。これもクラシックなポートレート。
そして究極。ウォーホルの 『マリリン』 の隣には、ベルリンの至宝 『ネフェルティティ』 の石膏レプリカ。古代と現代を代表する美女?
サイ・トゥオンブリー。アメリカ人でありながらローマのバロック邸宅で作品を作り続ける作家の作品の前にはミケランジェロ 『瀕死の奴隷』 が。
その他にも2階の展示室には自然博物館から拝借したであろう昆虫の100倍拡大模型。それと並んで何が展示されているかは訪問してのお楽しみに・・・
本展示は2010年2月14日まで
ここ数年ぱっとしなかったハンブルガーバーンホフ現代美術館。この度ウド・キッテルマンが新館長となりリニューアルオープンされました。タイトルはずばり 『Kunst ist super! 』 アートはカッコいい! って...
同美術館の現代美術コレクションが、ベルリンの他の美術館・博物館から貸し出された収蔵品と対峙させられています。ここでは、それらのコンステレーションから、ほんの一部をピックアップ。
まずその空虚さに驚くのが入り口を入ってすぐの中央ホール。
この作品が入り口ホールに置かれることにより 「訪問者に現代美術の歴史的幕開けを示唆する」 とは無料で配布されるパンフレットから。
ホール左奥に置かれた古い型の貨物列車の車両 が、この美術館の建物がかつて駅であったことを示唆しているようです。また、写真には写ってませんが、ホール右手前には、列車の作品と形も大きさも似通った箱形の作品が置かれていて、中に人が入れるようになっています。中を覗いて初めて、それがテートモダンのタービンホールが縮小された模型であることが分かります。
貨物列車のインスタレーションは、ポーランド出身の作家ロバート・クスミロフスキー (Robert Kusmirowski) の作品でタイトルは「Waggon」。テートモダンの模型は、ローマン・オンダック (Roman Ondák) の作品で、タイトルは「It Will All Turn Out Right in the End」。
この3点の配置は何を意図するのでしょうか。貨物列車は実物大の、テートモダンは縮小された、しかし両者とも模型であることが共通しています。まず、同寸の列車と大幅に縮小されたテートモダンとの縮尺の差が、鑑賞者のサイズへの感覚を不安定にします。
列車の模型は、かつてここがハンブルク行きの列車が発着する駅であったことを示唆し、テートモダンの模型には、この場所も美術館であるという共通項が見て取れます。テートモダンもハンブルガーバーンホフも、もともとはインダストリアルな建築であり、近代(モダン)の重要な要素である社会の産業化を思わせます。また列車模型は、作家がポーランド人ということもありやはりアウシュビッツへのユダヤ人搬送を連想してしまいます。そこから、列車の模型は20世紀で最も暗い過去を象徴しており、またテートモダンの模型はタイトルからもポジティブな未来を象徴しているように思われます。
そこに、20世紀の美術の方向を決定づけたデュシャンの『自転車の車輪』。
デュシャンの車輪と貨物列車の車輪とが関係してるように見えるのも、偶然ではなく、明らかにキュレーターの意図していることでしょう。
過去の時間内を走り抜ける搬送貨車や、20世紀を通して回り続けたデュシャンの車輪から、過去と未来をつなぐ時間軸が読み取ることが可能です。またその観念上の時間軸は、列車の発着ホールという建築物が内包する、線路によって引き延ばされる方向性とも関連しています。
ここでは、具体的な形を全く見せないまま、21世紀へとつづく未来のアートを示唆しています。
その他にも2階の展示室には自然博物館から拝借したであろう昆虫の100倍拡大模型。それと並んで何が展示されているかは訪問してのお楽しみに・・・
本展示は2010年2月14日まで
フォン・トリアー『アンチクライスト』
ラース・フォン・トリアーの新作 『アンチクライスト』 を観て来ました。
ネタばれを含む感想 (読むには反転して下さい):
主人公夫婦がセックスに没頭している間、幼い息子は窓際のテーブルによじ登り、窓から転落して死亡する。それをきっかけに精神のバランスを崩した妻を自ら治療すべく、セラピストの夫は妻と共に森の中の別荘へと出かけていく。
深層心理と森のメタファーや 「3人の訪問者が揃ったら人が死ぬ」 といったシンボル性はなんとなくデヴィット・リンチ、妻が論文を書きながら精神のバランスを崩していく筋立ては 『シャイニング』 という感じがしました。
映画の後半で妻が見るフラッシュバックによって、実は彼女は息子が窓へとよじ登ってる姿を目撃していることが明かされます。そのシークエンスから、妻が息子を止めなかったという罪の意識からかえって性に憑りつかれ、また性を否定 (性器を傷つける) しようともする別レベルでのプロットが読み取り可能になります。
ただ、このエピソードは単純な種明かしに陥ってしまい、作品に謎めいた奥行きを与えるのではなく平坦にしてしまっているという感を受けました。
首を絞められるシャルロット・ゲンズブールがリアル。
ネタばれを含む感想 (読むには反転して下さい):
主人公夫婦がセックスに没頭している間、幼い息子は窓際のテーブルによじ登り、窓から転落して死亡する。それをきっかけに精神のバランスを崩した妻を自ら治療すべく、セラピストの夫は妻と共に森の中の別荘へと出かけていく。
深層心理と森のメタファーや 「3人の訪問者が揃ったら人が死ぬ」 といったシンボル性はなんとなくデヴィット・リンチ、妻が論文を書きながら精神のバランスを崩していく筋立ては 『シャイニング』 という感じがしました。
映画の後半で妻が見るフラッシュバックによって、実は彼女は息子が窓へとよじ登ってる姿を目撃していることが明かされます。そのシークエンスから、妻が息子を止めなかったという罪の意識からかえって性に憑りつかれ、また性を否定 (性器を傷つける) しようともする別レベルでのプロットが読み取り可能になります。
ただ、このエピソードは単純な種明かしに陥ってしまい、作品に謎めいた奥行きを与えるのではなく平坦にしてしまっているという感を受けました。
首を絞められるシャルロット・ゲンズブールがリアル。
2009年7月22日水曜日
不可視である記憶
Temporäre Kunsthalle Berlin (一時的美術館) で開催されているアロラ&カルサディージャ (Allora & Calzadilla) という二人組みアーチストの作品。
展示室の天井がベニヤで覆われいつもより低くなっています。天井裏からはばたんばたんと大きな物音がしていて、パンフレットによると実際の生身のダンサーが上階で踊ってるんだそう。
リズミカルな音が縦横無尽に駆け巡ります。

音はせども姿は見えず。
この「一時的美術館」の設立の由来に因んだ、いいアイデアだと思いました。
美術館の外観。

この敷地は、かつてプロイセン王国国王の居城、ベルリン市城が建っていた場所です。
下は1930年撮影。

そして戦後、空襲で残された瓦礫を片付けた跡地に、東独政府によって建てられた共和国宮殿 。2005年撮影。

東西ドイツ統一後、この共和国宮殿を再び取り壊して、かつてのベルリン市城を再建しようという動きが起こりました。
昨年2008年の秋に完全解体されるまで、反対運動が起きて、メディアでも賛否両論。城を再建するというアイデアがあまりにも復古・保守的なのが問題でした。
そして現在2009年7月現在の状態。すっかり更地になってしまって、かえってすがすがしいです。

コンテナ状の「一時的美術館」は、この跡地に2年という期間限定で設置されました。
天井裏から聞こえてくるダンサー達の躍動は、想像することは出来るけれども目にすることが出来ません。
かつてここに建っていたプロイセンの王宮と、東独の文化宮殿。これらの建築物は消え去り、今日では目にすることは出来ませんが、土地はこの記憶を保持しています。
そういった意味で、アロラ&カルサディージャのインスタレーションは、目に見えないけれども存在する記憶を、「見えないこと」を通して表現しているといえるのでは。
展示室の天井がベニヤで覆われいつもより低くなっています。天井裏からはばたんばたんと大きな物音がしていて、パンフレットによると実際の生身のダンサーが上階で踊ってるんだそう。
リズミカルな音が縦横無尽に駆け巡ります。
Allora & Calzadilla; "Compass" (2009)
音はせども姿は見えず。
この「一時的美術館」の設立の由来に因んだ、いいアイデアだと思いました。
美術館の外観。
この敷地は、かつてプロイセン王国国王の居城、ベルリン市城が建っていた場所です。
下は1930年撮影。

そして戦後、空襲で残された瓦礫を片付けた跡地に、東独政府によって建てられた共和国宮殿 。2005年撮影。

東西ドイツ統一後、この共和国宮殿を再び取り壊して、かつてのベルリン市城を再建しようという動きが起こりました。
昨年2008年の秋に完全解体されるまで、反対運動が起きて、メディアでも賛否両論。城を再建するというアイデアがあまりにも復古・保守的なのが問題でした。
そして現在2009年7月現在の状態。すっかり更地になってしまって、かえってすがすがしいです。
コンテナ状の「一時的美術館」は、この跡地に2年という期間限定で設置されました。
天井裏から聞こえてくるダンサー達の躍動は、想像することは出来るけれども目にすることが出来ません。
かつてここに建っていたプロイセンの王宮と、東独の文化宮殿。これらの建築物は消え去り、今日では目にすることは出来ませんが、土地はこの記憶を保持しています。
そういった意味で、アロラ&カルサディージャのインスタレーションは、目に見えないけれども存在する記憶を、「見えないこと」を通して表現しているといえるのでは。
絵画の問題について 3−3
イミ・クネーベル
グッゲンハイム美術館と同時進行の新ナショナルギャラリー でのイミ・クネーベル展 『ZU HILFE, ZU HILFE ... 』。
このミース・ファン・デル・ローエ設計の美術館の斬新なところは、地上階が四方ガラス張りのがらんどうで、地下が展示スペースになっているところなのですが (参考)、クネーベルはこの地上階の空間に自己の作品を完全に関連付けています。
美術館の入り口を入ったところには門のようなオブジェ。 三つの大きさの異なる入り口。
『助けてくれ、助けてくれ・・・』(1987年)

この門の作品の他には一見、何もないように見えますが、ホール中央に対称的に並ぶ二つのクローク・ルームの裏側に、作品が隠されています。
『19号室 III 』 (1968/2006年)

西側クロークの裏にあるのは『19号室』と題された作品で、オリジナルは1968年制作。クネーベルはヨーゼフ・ボイスの生徒だった頃にアカデミーの19号室をアトリエとして使用しており、その部屋で成立して公開された、彼のキャリアの出発点となった作品。
横の隙間から見るとこんな感じ。パネルとか木枠が重ねられています。

この辺からすでに、立体でありながらも「絵画」に形式的にアプローチをする、彼の一貫した姿勢が見て取れます。
『バッテリー』 (2005年)

もう一方の作品も同じくクロークの裏側に。奥に見える淡い緑色の立方体には良く見ると蛍光塗料が塗られています。夜になると光るのでしょう。
このエネルギーを保存して自ら光るオブジェと、作品タイトル「バッテリー」がもろにボイスを想わせます。

こちらがベルリンのハンブルガー・バーンホフ美術館にあるボイス作品。脂肪の塊がエネルギー貯蔵庫として象徴的に扱われています。

『ポツダマー通り50番』 (2009年)

美術館の住所が作品タイトル。ミース・ファン・デル・ローエのガラス壁が白っぽい塗料で覆われており、曇りガラスのように外からの光を通します。
よく見ると塗料には微妙に色差がつけられいて、幾何学的な抽象絵画のようにも見れます。
「絵画」を意識して意図的に残された筆跡。

ところで、現在同時開催されているシュールレアリスム展 (Bilderträume) ですが、これがなかなか面白かったです。冒頭で他のシュールレアリスト達を凌駕するマックス・エルンスト作品の美しさを堪能し、展覧会後半ではポロック、ニューマンやロスコなど、アメリカ抽象表現主義の代表的作家達の初期の作品群が展示されていて、これらが戦時中に次々にアメリカへと移住していったシュールレアリスト達直接の影響を受けていることを直に目にすることが出来ます。
抽象表現主義、またはカラー・フィールドとも呼ばれたりする作品群だけからはなかなか見えにくい真実です。
ヨーロッパのシュールレアリスムとそれを原初とするアメリカ抽象表現主義、この作品の表面上ごく似通っている両者の本質が同等であるか異なるのか、異なる場合はどう異なるのか、そんなことを考えてみると面白いかもしれません。
Imi Knoebel 展 『zu Hilfe, zu Hilfe... 』
Neue Nationalgalerie にて2009年8月9日まで
Bilderträume 展
同じく Neue Nationalgalerie にて11月22日まで
グッゲンハイム美術館と同時進行の新ナショナルギャラリー でのイミ・クネーベル展 『ZU HILFE, ZU HILFE ... 』。
このミース・ファン・デル・ローエ設計の美術館の斬新なところは、地上階が四方ガラス張りのがらんどうで、地下が展示スペースになっているところなのですが (参考)、クネーベルはこの地上階の空間に自己の作品を完全に関連付けています。
美術館の入り口を入ったところには門のようなオブジェ。 三つの大きさの異なる入り口。
『助けてくれ、助けてくれ・・・』(1987年)
この門の作品の他には一見、何もないように見えますが、ホール中央に対称的に並ぶ二つのクローク・ルームの裏側に、作品が隠されています。
『19号室 III 』 (1968/2006年)
西側クロークの裏にあるのは『19号室』と題された作品で、オリジナルは1968年制作。クネーベルはヨーゼフ・ボイスの生徒だった頃にアカデミーの19号室をアトリエとして使用しており、その部屋で成立して公開された、彼のキャリアの出発点となった作品。
横の隙間から見るとこんな感じ。パネルとか木枠が重ねられています。
この辺からすでに、立体でありながらも「絵画」に形式的にアプローチをする、彼の一貫した姿勢が見て取れます。
『バッテリー』 (2005年)
もう一方の作品も同じくクロークの裏側に。奥に見える淡い緑色の立方体には良く見ると蛍光塗料が塗られています。夜になると光るのでしょう。
このエネルギーを保存して自ら光るオブジェと、作品タイトル「バッテリー」がもろにボイスを想わせます。
こちらがベルリンのハンブルガー・バーンホフ美術館にあるボイス作品。脂肪の塊がエネルギー貯蔵庫として象徴的に扱われています。

『ポツダマー通り50番』 (2009年)
美術館の住所が作品タイトル。ミース・ファン・デル・ローエのガラス壁が白っぽい塗料で覆われており、曇りガラスのように外からの光を通します。
よく見ると塗料には微妙に色差がつけられいて、幾何学的な抽象絵画のようにも見れます。
「絵画」を意識して意図的に残された筆跡。
ところで、現在同時開催されているシュールレアリスム展 (Bilderträume) ですが、これがなかなか面白かったです。冒頭で他のシュールレアリスト達を凌駕するマックス・エルンスト作品の美しさを堪能し、展覧会後半ではポロック、ニューマンやロスコなど、アメリカ抽象表現主義の代表的作家達の初期の作品群が展示されていて、これらが戦時中に次々にアメリカへと移住していったシュールレアリスト達直接の影響を受けていることを直に目にすることが出来ます。
抽象表現主義、またはカラー・フィールドとも呼ばれたりする作品群だけからはなかなか見えにくい真実です。
ヨーロッパのシュールレアリスムとそれを原初とするアメリカ抽象表現主義、この作品の表面上ごく似通っている両者の本質が同等であるか異なるのか、異なる場合はどう異なるのか、そんなことを考えてみると面白いかもしれません。
Imi Knoebel 展 『zu Hilfe, zu Hilfe... 』
Neue Nationalgalerie にて2009年8月9日まで
Bilderträume 展
同じく Neue Nationalgalerie にて11月22日まで
2009年6月11日木曜日
絵画の問題について 2−3
イミ・クネーベル
同じくグッゲンハイム 『Ich Nicht』 に展示されている『グレース・ケリー』 と題された作品。
『Grace Kelly』 (1989/2005年)絵の具で塗られた色面を切り取り、重ね合わせ、額に収めるといったシステムに則って全ての作品が作られています。 小さい作品群の一番左上のパターンが大きい作品と同じになってます。このシステマチックな制作方法は、作品タイトルと共に自ずとウォーホルを連想させます。
キャンバス裏面の木組みを連想させる造形は、本来の絵画が作品表面の後ろに隠されていることから、視覚でとらえることの出来ないプラトン的な美イデアを想わせます。
女優グレース・ケリーの美しさ、また造形と関連してアメリカの色面抽象画家エルズワーズ・ケリーなどなど、連想は多重化していきます。
同じくグッゲンハイム 『Ich Nicht』 に展示されている『グレース・ケリー』 と題された作品。
キャンバス裏面の木組みを連想させる造形は、本来の絵画が作品表面の後ろに隠されていることから、視覚でとらえることの出来ないプラトン的な美イデアを想わせます。
女優グレース・ケリーの美しさ、また造形と関連してアメリカの色面抽象画家エルズワーズ・ケリーなどなど、連想は多重化していきます。
2009年6月8日月曜日
絵画の問題について 1−3
イミ・クネーベル
現在ベルリンのグッゲンハイム美術館と新ナショナル・ギャラリーの2箇所で平行して、イミ・クネーベル (Imi Knoebel) の新作-旧作を合わせた展覧会が行われています。
クネーベルは1940年生まれ、デュッセルドルフ美術アカデミー伝説のヨーゼフ・ボイスのクラスに所属していました。ボイスに師事したことが常に履歴の筆頭に挙げられる作家ですが、彼の作風そのものにボイス直接の影響はそれほど見られず、マレーヴィチ、モンドリアン、ニューマンなどの系統にある伝統的モダニズムを継承するオーソドックスな 「絵画の問題」 に取り組んでいます。
とはいえ、このように全く作風の異なる作家たちを生み出したことが、ボイス・クラスが「伝説」となる所以でもあるのですが。
まずはグッゲンハイムで行われている 『ICH NICHT』 に行ってきました。
ホールの中央に並ぶ巨大なオブジェが2009年の新作 『Ort - Blau Rot Gelb』 (場 - 青 赤 黄) です。
入り口から見た様子。

縦に長いホールの中央には、アルミニウム製の箱型オブジェが4つ並んでいます。一番手前のオブジェでは、梱包材を思わせるような造りの裏面が入り口に向かうように設置されています。
まずはこのアルミニウム剥き出しの裏面からぐるっと正面に回ります。

箱型の構造は正面に向かって開かれた空間を成し、観る者の視線を赤・黄・青の色彩空間の中へと取り込みます。
正面と左右の色面はアルミの基底上にペンキが直接刷毛で塗られており、剥き出しのアルミニウムが敷かれた底面は上部の色を反射しています。

足元に広がるイリュージョナルな深淵へと誘引する効果は、カラー・フィールドの作家たちが取り上げた 「瞑想的」 なものへのクネーベルの解答といえます。
計4つのオブジェは、それぞれ2つずつ向かい合わせに設置されており、観客を取り込む効果を補強します。
作品は全て、赤、黄、青の基本色のみの組み合わせから成っており、色の配置や色面の大きさにはバリエーションが付けられています。 光沢のある工業用ペイントは、側面に直角に屹立する面と正面とで反射し合い、混ざり合い、青は紫に、黄色はオレンジに、赤はピンクへなどなど様々なスペクトルを見せます。

モダニズムの巨匠バーネット・ニューマン (1905-1970) のシリーズ作品 『Who's Afraid of Red, Yellow an Blue』 との対話。

現在ベルリンのグッゲンハイム美術館と新ナショナル・ギャラリーの2箇所で平行して、イミ・クネーベル (Imi Knoebel) の新作-旧作を合わせた展覧会が行われています。
クネーベルは1940年生まれ、デュッセルドルフ美術アカデミー伝説のヨーゼフ・ボイスのクラスに所属していました。ボイスに師事したことが常に履歴の筆頭に挙げられる作家ですが、彼の作風そのものにボイス直接の影響はそれほど見られず、マレーヴィチ、モンドリアン、ニューマンなどの系統にある伝統的モダニズムを継承するオーソドックスな 「絵画の問題」 に取り組んでいます。
とはいえ、このように全く作風の異なる作家たちを生み出したことが、ボイス・クラスが「伝説」となる所以でもあるのですが。
まずはグッゲンハイムで行われている 『ICH NICHT』 に行ってきました。
ホールの中央に並ぶ巨大なオブジェが2009年の新作 『Ort - Blau Rot Gelb』 (場 - 青 赤 黄) です。
入り口から見た様子。
縦に長いホールの中央には、アルミニウム製の箱型オブジェが4つ並んでいます。一番手前のオブジェでは、梱包材を思わせるような造りの裏面が入り口に向かうように設置されています。
まずはこのアルミニウム剥き出しの裏面からぐるっと正面に回ります。
箱型の構造は正面に向かって開かれた空間を成し、観る者の視線を赤・黄・青の色彩空間の中へと取り込みます。
正面と左右の色面はアルミの基底上にペンキが直接刷毛で塗られており、剥き出しのアルミニウムが敷かれた底面は上部の色を反射しています。
足元に広がるイリュージョナルな深淵へと誘引する効果は、カラー・フィールドの作家たちが取り上げた 「瞑想的」 なものへのクネーベルの解答といえます。
計4つのオブジェは、それぞれ2つずつ向かい合わせに設置されており、観客を取り込む効果を補強します。
作品は全て、赤、黄、青の基本色のみの組み合わせから成っており、色の配置や色面の大きさにはバリエーションが付けられています。 光沢のある工業用ペイントは、側面に直角に屹立する面と正面とで反射し合い、混ざり合い、青は紫に、黄色はオレンジに、赤はピンクへなどなど様々なスペクトルを見せます。
モダニズムの巨匠バーネット・ニューマン (1905-1970) のシリーズ作品 『Who's Afraid of Red, Yellow an Blue』 との対話。

2008年11月9日日曜日
ギー・ドゥボール『スペクタクルの社会』
映画を使った映画批判
ギー・ドゥボールの映画『スペクタクルの社会』をソニーセンターの地下にあるアルセナールで観た。


ドゥボールが1967年に発表した同名の著書『スペクタクルの社会』の著者本人による映画化。
思想の内容はまず置いておいて、感心したのは、思想を伝えるために映画という形式を取ったことが、文字を追って理解するのとは全く別な意味の構築・生成の仕方をしていること。
映画では、様々なフィルムの断片が繋ぎ合わされ、そこに著書の朗読 (本人による?) そが重ねあわされる。提示されるのは、商品のテレビコマーシャル、セクシーな女性達、高級車、戦争映画や西部劇映画、戦争の実録映像、など。
延々と哲学的内容の朗読が続く他は、ところどころに他の思想家の引用が字幕で表示される。
戦争がエンターテイメント化(スペクタクル?)された映画に続いて、市民の市街戦の実録映像が映される。そこに作家のテーゼ、「近代の生産条件が支配する社会では、生はスペクタクルの膨大な集合として現れる。直接体験されたものは全て、表象の中に消え去っていく」が重なる。
「表象」というのは、ある物(思想や体験など)映画やコマーシャルなどの媒体によって表現化されること。
全ての現実がエンターテイメント化され無となっていく社会を資本主義の悪として批判。そのアイデアの基本を成しているのがエンターテイメントとしての「映画」の存在だというのは、私の個人的意見。
その映画批判を、映画という形式で、映画館で観るのが、銀幕の外で起きる体験として重層さを与えている。
ギー・ドゥボールの映画『スペクタクルの社会』をソニーセンターの地下にあるアルセナールで観た。


ドゥボールが1967年に発表した同名の著書『スペクタクルの社会』の著者本人による映画化。
思想の内容はまず置いておいて、感心したのは、思想を伝えるために映画という形式を取ったことが、文字を追って理解するのとは全く別な意味の構築・生成の仕方をしていること。
映画では、様々なフィルムの断片が繋ぎ合わされ、そこに著書の朗読 (本人による?) そが重ねあわされる。提示されるのは、商品のテレビコマーシャル、セクシーな女性達、高級車、戦争映画や西部劇映画、戦争の実録映像、など。
延々と哲学的内容の朗読が続く他は、ところどころに他の思想家の引用が字幕で表示される。
戦争がエンターテイメント化(スペクタクル?)された映画に続いて、市民の市街戦の実録映像が映される。そこに作家のテーゼ、「近代の生産条件が支配する社会では、生はスペクタクルの膨大な集合として現れる。直接体験されたものは全て、表象の中に消え去っていく」が重なる。
「表象」というのは、ある物(思想や体験など)映画やコマーシャルなどの媒体によって表現化されること。
全ての現実がエンターテイメント化され無となっていく社会を資本主義の悪として批判。そのアイデアの基本を成しているのがエンターテイメントとしての「映画」の存在だというのは、私の個人的意見。
その映画批判を、映画という形式で、映画館で観るのが、銀幕の外で起きる体験として重層さを与えている。
2008年9月14日日曜日
ポランスキーの『死と乙女』
ロマン・ポランスキーが75歳になるそうで、ここベルリンで最近取り上げられてるのを見かけます。
むかし映画館で観た「赤い航路」は楽しめたし、子供の時にテレビで観た「テス」は主人公がきれいででもかわいそう過ぎてちょっとトラウマ化してた。といことで、ポランスキー監督にはけっこういい印象があったのですが、「ピアニスト」「オリバーツイスト」と最近観たどれもダメだった。今から考えると「ナインスゲート」からダメは始まってたかも。
最近ちょっと話題だし、昔の作品はきっといいんだろうと思い、DVDを借りてきました。タイトルは「死と乙女」。でも1994年の作品で、そんなに古くはない (他の作品と比較して) みたい。
でも、よく出来てた。
登場人物は3人だけ (電話の声だけでの登場が他に二人ほど)。多少の戸外撮影を除くと、ほぼ完全な室内劇。原作は劇用の台本だったそうで、映画になっても台詞回しに物語進行が頼りすぎのところなどにその名残は残されています。
最初は誰もが、主人公の女性はつらい過去のあまり狂ってしまった、と思う。彼女の夫が思うように。
劇が進行するにつれ、主人公が過去にどんな経験をしたのかが徐々に明かされ、観客の感情も頂点に達し、本当にこの男が加害者であったのなら、裁かれるべき!と主人公に完全に感情移入してしまいますが、でも同時にこの男は本当は無実なのではという疑いも払拭できません。
でも断崖で死を目前にして初めて、男が自分の言葉で赤裸々に事実を語り終えたとき、私も女主人公と全く同じ脱力状態。もういいから帰って、という気持ちに襲われた。その辺の心理描写に説得力があるというか、心理描写が描写に留まってなくて観客の心理をも完全にフィクションの中に引きずりこんでる。で、観客の心理をほぼ代弁してるのが夫の行動。
断崖での告白もすごくおぞましい反面、悪ってどっから来るんだろう、と考えさせられる。男の平凡さもよく描かれていたし。
舞台設定・小道具も完璧。
南米のかつて独裁政権に支配されていた国、政治的活動をする弁護士の夫の立場。
冒頭で、ラジオから流れる事故報道に続いての政治犯虐待についての報道に聞き入る女主人公。
男が当時の加害者であることを証明する「死と乙女」のカセットテープ、ニーチェの引用、電気コードの使い方。
完璧な脚本とポランスキーの職人技の結晶でしょうか。
良質のフィクション。
むかし映画館で観た「赤い航路」は楽しめたし、子供の時にテレビで観た「テス」は主人公がきれいででもかわいそう過ぎてちょっとトラウマ化してた。といことで、ポランスキー監督にはけっこういい印象があったのですが、「ピアニスト」「オリバーツイスト」と最近観たどれもダメだった。今から考えると「ナインスゲート」からダメは始まってたかも。
最近ちょっと話題だし、昔の作品はきっといいんだろうと思い、DVDを借りてきました。タイトルは「死と乙女」。でも1994年の作品で、そんなに古くはない (他の作品と比較して) みたい。
でも、よく出来てた。
登場人物は3人だけ (電話の声だけでの登場が他に二人ほど)。多少の戸外撮影を除くと、ほぼ完全な室内劇。原作は劇用の台本だったそうで、映画になっても台詞回しに物語進行が頼りすぎのところなどにその名残は残されています。
最初は誰もが、主人公の女性はつらい過去のあまり狂ってしまった、と思う。彼女の夫が思うように。
劇が進行するにつれ、主人公が過去にどんな経験をしたのかが徐々に明かされ、観客の感情も頂点に達し、本当にこの男が加害者であったのなら、裁かれるべき!と主人公に完全に感情移入してしまいますが、でも同時にこの男は本当は無実なのではという疑いも払拭できません。
でも断崖で死を目前にして初めて、男が自分の言葉で赤裸々に事実を語り終えたとき、私も女主人公と全く同じ脱力状態。もういいから帰って、という気持ちに襲われた。その辺の心理描写に説得力があるというか、心理描写が描写に留まってなくて観客の心理をも完全にフィクションの中に引きずりこんでる。で、観客の心理をほぼ代弁してるのが夫の行動。
断崖での告白もすごくおぞましい反面、悪ってどっから来るんだろう、と考えさせられる。男の平凡さもよく描かれていたし。
舞台設定・小道具も完璧。
南米のかつて独裁政権に支配されていた国、政治的活動をする弁護士の夫の立場。
冒頭で、ラジオから流れる事故報道に続いての政治犯虐待についての報道に聞き入る女主人公。
男が当時の加害者であることを証明する「死と乙女」のカセットテープ、ニーチェの引用、電気コードの使い方。
完璧な脚本とポランスキーの職人技の結晶でしょうか。
良質のフィクション。
2008年6月21日土曜日
原爆ケーキ
マイ=トゥ・ペレ展
スイス出身の女性作家マイ=トゥ・ペレ (Mai-Thu Perret) の新作展。タイトルは 「ビキニ」。

2年ほど前に同じくバーバラ・ヴァイス画廊 (Galerie Barbara Weiss) でみた展覧会 「黙示バレエ (Apocalypse Ballet)」 のその後を期待して行ってきました。
前回は変なマネキン人形 (写真)、土偶みたいな粘土作品、精神世界な感じのドローイング、架空の設定で書かれたテキスト、などが陳列されていてすごく変だった。
この作家にはまず日記形式で書かれたテキスト作品 「The Crystal Frontier」 が前提としてある。そこで描写されるのは、ニューメキシコの砂漠のどこかに外界から隔離された若い女性達で形成されたオルタナティブなコミューン。そのテキストと共に、彼女達が宗教儀式で使用する道具や瞑想のためのドローイング、祝祭のダンスなどがオブジェ形式で展開される。
今回の作品は、1946年のビキニ環礁における原爆実験、その後ビキニと命名された大胆な水着モード(Wikipedia) 、事件の後のパーティーでの原爆ケーキなどがリファレンス (照会) されてます。
「The Crystal Frontier」 との前回の展覧会のような 直接の繋がりは一見無い様に見える。
しかし、フェミニズム (?)、黙示録的な想定、砂漠の連想 (コミューンと原爆実験の場所) と、底に流れるテーマやイメージは同一な様。
この作家のようなメディアの組み合わせ方、例えば架空の物語を想定してそれに関連するオブジェを制作するなど、は最近なにげによく見かける。でも奇異さ、複合して絡み合うリファレンス、その複合性によって導かれるテーマの奥行きはこの作家が今のところ一番。
展覧会は 2008年7月13日まで
火曜から土曜、11時から18時までオープン
スイス出身の女性作家マイ=トゥ・ペレ (Mai-Thu Perret) の新作展。タイトルは 「ビキニ」。
2年ほど前に同じくバーバラ・ヴァイス画廊 (Galerie Barbara Weiss) でみた展覧会 「黙示バレエ (Apocalypse Ballet)」 のその後を期待して行ってきました。
前回は変なマネキン人形 (写真)、土偶みたいな粘土作品、精神世界な感じのドローイング、架空の設定で書かれたテキスト、などが陳列されていてすごく変だった。
この作家にはまず日記形式で書かれたテキスト作品 「The Crystal Frontier」 が前提としてある。そこで描写されるのは、ニューメキシコの砂漠のどこかに外界から隔離された若い女性達で形成されたオルタナティブなコミューン。そのテキストと共に、彼女達が宗教儀式で使用する道具や瞑想のためのドローイング、祝祭のダンスなどがオブジェ形式で展開される。
今回の作品は、1946年のビキニ環礁における原爆実験、その後ビキニと命名された大胆な水着モード(Wikipedia) 、事件の後のパーティーでの原爆ケーキなどがリファレンス (照会) されてます。
「The Crystal Frontier」 との前回の展覧会のような 直接の繋がりは一見無い様に見える。
しかし、フェミニズム (?)、黙示録的な想定、砂漠の連想 (コミューンと原爆実験の場所) と、底に流れるテーマやイメージは同一な様。
この作家のようなメディアの組み合わせ方、例えば架空の物語を想定してそれに関連するオブジェを制作するなど、は最近なにげによく見かける。でも奇異さ、複合して絡み合うリファレンス、その複合性によって導かれるテーマの奥行きはこの作家が今のところ一番。
展覧会は 2008年7月13日まで
火曜から土曜、11時から18時までオープン
Galerie Barbara Weiss
Zimmerstrasse 88-89
10117 Berlin
2008年6月7日土曜日
ホモセクシャル犠牲者のための追悼碑
ブランデンブルク門からポツダム広場の間にあるのは、「ヨーロッパにおけるユダヤ人犠牲者追悼碑 Denkmal für die ermordeten Juden Europas」。その真向かいの林をちょっと入ったところに最近一般公開されたのが 「ホモセクシャル犠牲者追悼碑 Denkmal für die ermordeten Homosexuellen」。
ユダヤ人のコンクリート石塊が多勢なのに対して、こちらはひとりぽつんと孤立。素材、形体、大きさが 「ユダヤ・・・」 と同じなだけに、犠牲者はユダヤ人だけでない、その影に隠れているホモセクシャルな人達の存在も忘れないで!というメッセージが読み取れます。
そういった、ユダヤ人がさも自分達だけが犠牲者であったかの様な自己アピールに反発する文脈から発生したプロジェクトだけに、ホモセクシャルな男性だけではなく、ホモセクシャルな女性 (レズビアン) のための記念碑も作るべきだとの論争が起きたり、また虐殺されたドイツ系ジプシーのための 「シンティ・ロマ人犠牲者追悼碑」 もユダヤ犠牲者記念館の近くに計画されてるそう。
ところで、この 「ホモセクシャル犠牲者追悼碑」 には窓が開いていて、中には白黒の映像が映写されています。キスをする二人の男性。
オブジェ自体は60年代ミニマルで、エンドレスな Kiss はウォーホル。
ベルリンには、様々なイデオロギーによる慰霊碑・記念碑がたくさんありますが、美術史から援用した造形言語を使いながらも、かなり分かりやすいメッセージを持つのがとても気になります。
ユダヤ人のコンクリート石塊が多勢なのに対して、こちらはひとりぽつんと孤立。素材、形体、大きさが 「ユダヤ・・・」 と同じなだけに、犠牲者はユダヤ人だけでない、その影に隠れているホモセクシャルな人達の存在も忘れないで!というメッセージが読み取れます。そういった、ユダヤ人がさも自分達だけが犠牲者であったかの様な自己アピールに反発する文脈から発生したプロジェクトだけに、ホモセクシャルな男性だけではなく、ホモセクシャルな女性 (レズビアン) のための記念碑も作るべきだとの論争が起きたり、また虐殺されたドイツ系ジプシーのための 「シンティ・ロマ人犠牲者追悼碑」 もユダヤ犠牲者記念館の近くに計画されてるそう。
ところで、この 「ホモセクシャル犠牲者追悼碑」 には窓が開いていて、中には白黒の映像が映写されています。キスをする二人の男性。
オブジェ自体は60年代ミニマルで、エンドレスな Kiss はウォーホル。ベルリンには、様々なイデオロギーによる慰霊碑・記念碑がたくさんありますが、美術史から援用した造形言語を使いながらも、かなり分かりやすいメッセージを持つのがとても気になります。
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