2010年5月27日木曜日
ダイムラー・コンテンポラリー
ポツダム広場を通るたびにおもしろいなー、と思うのは、ここが「大都市」を模倣しているから。
ニューヨーク、ロンドン、東京などの大都市では、乱立するビルや錯綜する路地といった都市としての魅力が100年以上かけて生成されたのに対し、ここでは建築家たちの計算されつくした計画によってわずか数年で作り出されてしまった、と考えるのです。
計算しつくされた感のあるビルが重なり合う細部を目にすると、その思いを強くします。
高層ビルに囲まれつつ、それでもやけに風通しが良くて、その空虚さがベルリンらしい不思議な感じなのですが。
というわけで、今日はダイムラーコンテンポラリーで開催されている「60年代ドイツのミニマリズム」展へ。
周りのポストモダン建築群に圧倒されてひっそりたたずんでいるのはハウス・フート (Haus Huth) と呼ばれるかつてのワイン商の家。 この4階がダイムラー・コンテンポラリーです。ベルを鳴らすとドアを開けてくれます。
下の写真:空き地時代のポツダム広場にぽつんと立つハウス・フート。
とても重厚な内装がかつての栄華を忍ばせます。エレベーターで4階へ。
ダイムラー・コンテンポラリー内。換気管のような形体はシャルロッテ・ポゼネンスケ (Charlotte Posenenske) の作品。前回のドクメンタ12 (2007年) で国際的脚光を浴びた今は亡き作家です。
ダイムラーとは、言わずと知れた自動車メルセデス・ベンツの会社です。企業の文化事業の一環としてアートのコレクションに力を注いでいます。1977年から始まった収集は「20世紀の抽象美術」に重点を置くというのがうたい文句です。
第二次大戦後のドイツでは、ナチス支配下で国家の理想を描いた具象芸術が奨励され前衛芸術が退廃の烙印を押され弾圧されたことへの強い反省から、ナチス政権以前の芸術の動き、つまり1910年代〜20年代にみられた抽象芸術へと回帰していきます。また同時に、戦後ドイツが文化的・政治的にアメリカの強い影響下にあったことも、ドイツ抽象芸術が特にアメリカ美術を手本として発展したことの原因となります。
とはいえ、こういったことはすべて西側の話。今回の展覧会においても題目が「ドイツの」ミニマリズム (Minimalism Germany 1960s) であるのに、旧東ドイツでがすっかり抜け落ちてしまっているのは、そういったことに非常に敏感なこの国では、注意不足以上のものがあるといえるでしょう。
誤解を恐れずに言うならば、「20世紀抽象美術」を収集するという行為が、実は旧西側の旧イデオロギーをその根に持っているといえるのです。冷戦が終結し、対立しあうことで存在意義を保っていたイデオロギーが消滅した現在、これと同じことを公共の美術館がやったら大変なことになるでしょう。未来を拓くはずの芸術が懐古主義に陥っているのです。たとえ過去の作品や流派を展示するとしても、歴史理解にこそ未来へのまなざしが大きく関係してくるはずです。
でもそこが、ダイムラー。
下の写真、床に設置された黒い物体が、イミ・クネーベルのかつての同志、イミ・ギーゼ (Imi Giese) の作品。クネーベルと共にイミと名乗り、共にヨーゼフ・ボイスを師としました。1974年に自殺。彼の作品は初めて目にしましたがとても美しいです。特に写真作品のなんとも言い表せない繊細さにびっくりしました(壁に掛かっている黒い正方形です)。
作品は、いいものが揃っています。さすが、ダイムラー。
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ダイムラー・コンテンポラリー (Daimler Contemporary)
住所:Alte Potsdamer Straße 7, 10785 Berlin
開館時間:11時〜18時、入場無料
公式サイト
野外アート・マップ
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2010年5月23日日曜日
オラファー・エリアソン
今日は話題のオラファー・エリアソン展へ。
ポツダム広場の駅を出て、展覧会場である建物マルティン・グロピウス・バウを目指し近道をと選んだ道は行き止まり。その代わりそこで、監視塔の残骸を発見。ドアがへし曲げられています。Erna-Berger-Straße、旧東ベルリン側。
けっこう、表現主義。
そうなんです。このマルティン・グロピウス・バウは、ベルリンの壁沿いに立っていたのです。建物玄関はベルリンの壁に面していたため、冷戦時代は入り口は建物裏側にありました。
そしてもうひとむかし、ヒトラーの第三帝国時代にはなんとすぐとなりに、極悪ナチスの秘密警察ゲシュタポが本拠を構えていました。
下の写真、手前の建物がゲシュタポ本部(写真は1933年)。奥に現在のマルティン・グロピウス・バウ(当時は装飾工芸美術館)の玄関が見えます。

このゲシュタポ本部自体は空襲で破壊され、戦後はベルリンの壁に接していたために危険すぎて使えない空き地として長年放っておかれていたそうです。この場所は1987年から「テロの地形図」 (Topographie des Terrors) という展示施設になっています。瓦礫の中にわずかに残っていた地下室の壁を利用して、ナチス時代についてのパネル展示があります。今日行った時には、なんと空き地だったところの真ん中に、見たことのない新しい建物が出現していました。が、時間がないのでそのままエリアソン展へ。

これがマルティン・グロピウス・バウと呼ばれる美術館。建物の設計者マルティン・グロピウスは、バウハウス創立者であるヴァルター・グロピウスの大叔父にあたる人だそうです。完成は1881年。イタリア・ルネサンス様式。この時代には建築物がその用途に合わせて過去の時代のあらゆる様式を引用して建てられましたが、これもその一例のネオ・ルネサンス。当時美術館を建てることになって「美術といえば当然イタリア・ルネサンス」くらいの単純発想だったのではと推測します。
建物の窓から煙突が顔を出し、そこからもくもくと立ち上る蒸気。
あ、これがきっと、かのカラフルな霧の部屋!と期待増大。そして中へ入ると・・・
すごい人。
また今度平日に出直してこようかとまで考えたほど。しかしその後、この長蛇の列は2階のフリーダ・カーロ目当てだということが判明。カーロの射程範囲の広さにびっくり。エリアソンは・・・すぐに入れました。
展覧会タイトルは『内/都市/外』(Innen Stadt Außen)。なによりも、建物の内部構造と緻密に関係づけられた会場構成が、考え抜かれていて秀逸しでした。ということでこの今回のレビューでは、展覧会構成に焦点をしぼってみたいと思います。
会場内は写真撮影厳禁でした。画像の使用権はかなり厳しく管理されているようです。ですので作品の画像についてはこちらを参照してください。Fotostrecke Olafur Eliasson/ Berlin.de
チケットもぎりのお兄さんが立つ入り口を入ると、そこからすぐに足下に石の板が道のように敷かれれいて、観客はその上を歩くことになります。『ベルリンの歩道 Berliner Bürgersteig』。この建物内部にある『歩道』を歩きながらそのまま部屋をふたつ通過し、三つ目の部屋(つきあたり)で道は左に折れ、窓へと行き当たります。建物外部へと開かれた窓。カール・アンドレを彷彿させます。
そして、その石の歩道が終わる同じ部屋には、銀色のアルミ板(この画像の一番奥に見えます)が掛けられていて、表面の凹凸がなだらかに光を反射している。しかしよく見ると、なんと窓がわざわざ封鎖されて、そこに絵画作品を掛けるようにアルミ版を取り付けていることが判明。そう見てみると、アルミ板は平面の絵画のようにも見えるし、室内光の反射は窓の外、アルミ版の向こう側にあふれる自然光を暗示しているようにも見えます。タイトルは『水銀の窓 Mercury window』。
ここからは、ざっと。暗室の壁にプロジェクターによって来場者自身の影が投影される作品『あなたの不確かな影 Your uncertain shadow』。ミュージックなしでも思わず踊ってしまう、観客巻き込み型の作品。そして次は、黄色い照明に照らされた大きなテーブルに模型のようなものが沢山並べられてる作品『モデルの部屋 Model room』。黄色い照明のせいで、来場者みなが色を失ってグレーに。ただ、同じくテーブルに並べられたモニターの映像だけが生き生きとした色彩を放っていて、不思議。次ぎはベルリンの風景のモンタージュ映像作品『内/都市/外 Innen Stadt Außen』。
暗室を出ると一転して外光あふれる一角へ。一見何もない部屋。ところが窓の外に目をやると、ここは2階のはずなのにそこには草むらが。『連続 Succession』1998年。正方形に切り取られた草むらが、光を反射して風に揺れてきらきらしている。暗室から外界への繋げ方が鮮やかです。
そしてマルティン・グロピウス・バウのガラス天蓋に覆われた中庭部分には『顕微鏡 Mikroskop』と名付けられたインスタレーション。ガラスの天蓋部分を残してアルミ板で囲まれた空間。天蓋部分が果てしなく反射し合います。アルミ版は相当薄いらしく、床を歩くたびに全体が振動して、知覚が不確かになります。
ミラーボールを通り抜けて次の部屋に入ると、また何もない。すると監視のおじさんが「鏡、鏡、」と言ってくる。何かと思って指差された方を見ると、そこには窓が。窓の向こうにはすぐ隣の建物があり、ちょうどその窓からも中が覗ける。向こうにも人がいてこっちを見てる。え!わたしじゃん! ということで、作品『奇妙な美術館 The curious museum』。美術館建物の外側に鏡が取り付けてあって、私達は鏡に映る美術館の外壁と窓、そして自分達が位置する内部を見ていたのでした。
しばらくマルティン・グロピウス・バウの外壁を中から鑑賞し、そして鑑賞する自分も鑑賞し、次へ。
この部屋は、黄色いセロファンによって空間を二分されています。エリアソンの美大卒業後初めての作品『Suney』1995年。このタイトル Suney は sun と eye を合わせた造語だそうです。太陽といえば、彼のテートモダンのインスタレーションを連想しますが、ここでは、隣に設置されている鏡作品の影響か、黄色い色のついた鏡のように見えてしまいます。フイルムの向こうに立ってフイルム表面を眺めている人たちが、ふっと鏡像に見えてしまう瞬間があるのです。自由な解釈の余地をまったく狭めないところが、エリアソンの作品の強みでしょう。
このあたり、水をまき散らすホースの作品とか、いろいろあるのですが、省略。
そして最後のクライマックス、霧とネオン光のインスタレーション『Your blind movement』。水蒸気に満たされた室内に入っていくと、動くたびに周囲が様々な色に変化していく。これはすごい楽しい。しかしここでも、美術史を何年も学んでしまった私が性懲りもなく思い浮かべるのは、マーク・ロスコーとカスパー・ダーヴィット・フリードリッヒ、はては「北方ロマン主義の伝統」。
しかしロスコーやフリードリッヒとの比較はどうでもいいのです。なぜなら、そういった純粋芸術的な議論からは何も生まれそうにないから。
何よりもエリアソンには、美術館という閉じられた空間をとにかく外へ開いていこうという強い意志が感じられます。しかしあくまでも空間は閉じられており、外界とのつながりは観念的に提示されます。また、美術館の外壁と観客自身を中から見せることで、美術館という制度を一旦はだかにして、問題提起をしているようにも見えます。
今回の展覧会タイトル『内/都市/外』について、エリアソンはtipのインタビューでこうコメントしています:
「私は、内部/つまり展示室としての美術館と、外部/つまり文化・社会・政治に関わる制度としての、あるいは『リアリティを生み出すマシン (Wirklichkeitsmaschine)』としての美術館、このふたつの相互関係を探求しています。」また別のインタビューでは:
「私は、美術館の中とその外で起きていることの関係性を作りたいと考えます。ここ数年私が手掛けた展覧会では、そういった内部と外部の乖離が目立ってきていますが、それは美術館が展覧会を徹底して売り物にするために起こっています。ここベルリンではそういった乖離を感じることはあまりありませんが。私は、来場者が美術館に各々の期待や個人的な物語を持ち込み、そこで展覧会の一部として鑑賞することを望んでいます。そして人々はそこで見たことを記憶として再度社会へと持ち出すのです。そういった意味で展覧会を顕微鏡に例えてもいいかもしれません。社会をルーペで覗き込むのです。そこで展覧会はある種『リアリティを生み出すマシン (Wirklichkeitsmaschine)』なのです。」
ちなみにベルリンに居を構え制作をするエリアソン氏は Pfefferberg の敷地にある建物ひとつ丸ごと買ってアトリエに改造したそうです。地域活性みたいなことにも参加しているんですね。
2010年5月3日月曜日
ギャラリー・ウィークエンド 2010
最終日の5月1日ということもあり、観客はの姿はすでにまばら。
参加ギャラリーが集まっている地域がいくつかある中、ミッテのAuguststrasseかチェックポイントチャーリー近くのStadtmitte周辺に行くか迷い、結局バーバラ・ヴァイス画廊が参加してることもありStadtmitteに行きました。
まずは トーマス・シュルテ画廊 (Galerie Thomas Schulte) へ。
ユアン・ウスレ? (Juan Uslé) というスペイン人作家の絵画作品が良かったです。
そしてバーバラ・ヴァイス画廊 (Galerie Barbara Weiss)へ。
書類ケース型のオブジェと問題を抱えた様子で悩む女性達の絵を組み合わせた、意味ありげなコンセプチャル・ペインティング。ジョン・ミラー (John Miller) というアメリカの作家。
次はブーフマン画廊 (Buchmann Galerie) の宮島達夫展。
1から9までの数字が、点滅しながら消えたり、そしてまた点灯して数を数え始めたりします。私にはどうしても、オブジェの全体の体が、地形図またはドイツやオーストリアなど国の地図のように見えてしまいました。すると、この点滅する数字が、現在その土地での死亡や出産の数を表しているのでは、という考えに取り憑かれて、違う視点で見ることが全く出来なくなってしまいました。
天気も悪いことだし、ここで帰宅。
2010年4月14日水曜日
猿の近代制度批判
ハンブルガーバーンホフ (Hamburger Bahnhof) で開催されているウォルトン・フォード (Walton Ford) を見てきました。
展覧会タイトルにある『BESTIARIUM』とは12世紀から13世紀の中世ヨーロッパで流布していた動物寓意譚のことだそう。様々な動物の特徴や習性とキリスト教的教訓とを結びつけ、そこに寓意や風刺を込めたもので、当時布教に大きな役割を果たしたとのこと。

Walton Ford, The Sensorium, 2003, Aquarell, Gouache, Bleistift und Tinte auf Papier, 152.4 x 302.3 cm, © Walton Ford
水彩で細部まで緻密に描かれた動物達は、18世紀から19世紀の西欧で盛んであった「博物画」というジャンルの挿絵を直ちに連想させます。紙に水彩で描かれていますが、紙の縁が黄ばんだように彩色されていて、意図的に古く見せようとしています。この、わざと古く見せる、というやり方は、確立されたジャンルである「博物画」から客観的な距離を取り、批判的にアプローチしようとしているように見えます。
歴史上の事実を動物に託した寓意、政治的抑圧に対する風刺。
作品をさらによく見てみると、至る所にロマン主義という美術史上のエポックへのアプローチが見られることに気づきます。
まずは背景。雪原や日没の光景の色使いは、まさにドイツロマン派の巨匠カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ。『The Island』(下図) では、その構図がフランスロマン主義の画家ジェリコーの『メデューズ号の筏』を彷彿とさせます。

Walton Ford; The Island; 2009; watercolor, gouache, pencil and ink on paper, © Walton Ford

Théodore Géricault; Le radeau de la Méduse; 1819
また、血を流すバッファローの周りを白狼の群れが取り囲む作品では、背景はフランス絶対王政時代のような幾何学式庭園となっています。
それでは「博物画」とは何だったのでしょうか。
大航海時代以降、進出先の各地で新種の動物・植物・鉱物の発見が相次ぎ、それを収集・分類する目的で博物学という学問が発達し、それに伴って博物画と呼ばれる挿絵が描かれる様になりました。
博物画というジャンルは、そのコンセプトの深いところで帝国主義や植民地政策と結びついているとも言える。そう考えると、フォードの作品の政治色の強い含意と、博物画という体裁とが結びついてくる。
また博物学自体は、研究のために集められた収集物を展示する目的で設立された自然史博物館や動物園、さらにそこから美術館という制度へと発展している。
そんな点からも、フォードの『美術』という制度への批判的なまなざしが読み取れるのではないでしょうか。
下図は今回の展示で美しいな、と感じた1点。

Walton Ford; Falling Bough; 2002; watercolor, gouache, pencil and ink on paper, © Walton Ford
ウォルトン・フォードは1960年ニューヨーク州ラーチモント生まれ。現在はマサチューセッツ州バークシャーの山の中で暮らし、画家としては90年代から活躍し始めています。すでに早い時期に、ニューヨーク自然史博物館の展示、特にアメリカ人鳥類学者で動物画家でもあるジョン・ジェームズ・オーデュボン (1785-1851) の博物画に魅了され、その関心から彼の芸術が展開されています。
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2010年5月24日まで開催。
@ ベルリン、ハンブルガーバーンホフ現代美術館
火曜〜金曜 10時〜6時
土曜 11時〜8時
日曜 11時〜6時
学割4ユーロ、普通8ユーロ(特別展のため毎週木曜の無料入場からは除外。残念。)
公式サイト
2009年9月23日水曜日
21世紀のアートとは?
ここ数年ぱっとしなかったハンブルガーバーンホフ現代美術館。この度ウド・キッテルマンが新館長となりリニューアルオープンされました。タイトルはずばり 『Kunst ist super! 』 アートはカッコいい! って...
同美術館の現代美術コレクションが、ベルリンの他の美術館・博物館から貸し出された収蔵品と対峙させられています。ここでは、それらのコンステレーションから、ほんの一部をピックアップ。
まずその空虚さに驚くのが入り口を入ってすぐの中央ホール。
この作品が入り口ホールに置かれることにより 「訪問者に現代美術の歴史的幕開けを示唆する」 とは無料で配布されるパンフレットから。
ホール左奥に置かれた古い型の貨物列車の車両 が、この美術館の建物がかつて駅であったことを示唆しているようです。また、写真には写ってませんが、ホール右手前には、列車の作品と形も大きさも似通った箱形の作品が置かれていて、中に人が入れるようになっています。中を覗いて初めて、それがテートモダンのタービンホールが縮小された模型であることが分かります。
貨物列車のインスタレーションは、ポーランド出身の作家ロバート・クスミロフスキー (Robert Kusmirowski) の作品でタイトルは「Waggon」。テートモダンの模型は、ローマン・オンダック (Roman Ondák) の作品で、タイトルは「It Will All Turn Out Right in the End」。
この3点の配置は何を意図するのでしょうか。貨物列車は実物大の、テートモダンは縮小された、しかし両者とも模型であることが共通しています。まず、同寸の列車と大幅に縮小されたテートモダンとの縮尺の差が、鑑賞者のサイズへの感覚を不安定にします。
列車の模型は、かつてここがハンブルク行きの列車が発着する駅であったことを示唆し、テートモダンの模型には、この場所も美術館であるという共通項が見て取れます。テートモダンもハンブルガーバーンホフも、もともとはインダストリアルな建築であり、近代(モダン)の重要な要素である社会の産業化を思わせます。また列車模型は、作家がポーランド人ということもありやはりアウシュビッツへのユダヤ人搬送を連想してしまいます。そこから、列車の模型は20世紀で最も暗い過去を象徴しており、またテートモダンの模型はタイトルからもポジティブな未来を象徴しているように思われます。
そこに、20世紀の美術の方向を決定づけたデュシャンの『自転車の車輪』。
デュシャンの車輪と貨物列車の車輪とが関係してるように見えるのも、偶然ではなく、明らかにキュレーターの意図していることでしょう。
過去の時間内を走り抜ける搬送貨車や、20世紀を通して回り続けたデュシャンの車輪から、過去と未来をつなぐ時間軸が読み取ることが可能です。またその観念上の時間軸は、列車の発着ホールという建築物が内包する、線路によって引き延ばされる方向性とも関連しています。
ここでは、具体的な形を全く見せないまま、21世紀へとつづく未来のアートを示唆しています。
その他にも2階の展示室には自然博物館から拝借したであろう昆虫の100倍拡大模型。それと並んで何が展示されているかは訪問してのお楽しみに・・・
本展示は2010年2月14日まで
2009年7月22日水曜日
不可視である記憶
展示室の天井がベニヤで覆われいつもより低くなっています。天井裏からはばたんばたんと大きな物音がしていて、パンフレットによると実際の生身のダンサーが上階で踊ってるんだそう。
リズミカルな音が縦横無尽に駆け巡ります。
音はせども姿は見えず。
この「一時的美術館」の設立の由来に因んだ、いいアイデアだと思いました。
美術館の外観。
この敷地は、かつてプロイセン王国国王の居城、ベルリン市城が建っていた場所です。
下は1930年撮影。

そして戦後、空襲で残された瓦礫を片付けた跡地に、東独政府によって建てられた共和国宮殿 。2005年撮影。

東西ドイツ統一後、この共和国宮殿を再び取り壊して、かつてのベルリン市城を再建しようという動きが起こりました。
昨年2008年の秋に完全解体されるまで、反対運動が起きて、メディアでも賛否両論。城を再建するというアイデアがあまりにも復古・保守的なのが問題でした。
そして現在2009年7月現在の状態。すっかり更地になってしまって、かえってすがすがしいです。
コンテナ状の「一時的美術館」は、この跡地に2年という期間限定で設置されました。
天井裏から聞こえてくるダンサー達の躍動は、想像することは出来るけれども目にすることが出来ません。
かつてここに建っていたプロイセンの王宮と、東独の文化宮殿。これらの建築物は消え去り、今日では目にすることは出来ませんが、土地はこの記憶を保持しています。
そういった意味で、アロラ&カルサディージャのインスタレーションは、目に見えないけれども存在する記憶を、「見えないこと」を通して表現しているといえるのでは。
絵画の問題について 3−3
グッゲンハイム美術館と同時進行の新ナショナルギャラリー でのイミ・クネーベル展 『ZU HILFE, ZU HILFE ... 』。
このミース・ファン・デル・ローエ設計の美術館の斬新なところは、地上階が四方ガラス張りのがらんどうで、地下が展示スペースになっているところなのですが (参考)、クネーベルはこの地上階の空間に自己の作品を完全に関連付けています。
美術館の入り口を入ったところには門のようなオブジェ。 三つの大きさの異なる入り口。
『助けてくれ、助けてくれ・・・』(1987年)
この門の作品の他には一見、何もないように見えますが、ホール中央に対称的に並ぶ二つのクローク・ルームの裏側に、作品が隠されています。
『19号室 III 』 (1968/2006年)
西側クロークの裏にあるのは『19号室』と題された作品で、オリジナルは1968年制作。クネーベルはヨーゼフ・ボイスの生徒だった頃にアカデミーの19号室をアトリエとして使用しており、その部屋で成立して公開された、彼のキャリアの出発点となった作品。
横の隙間から見るとこんな感じ。パネルとか木枠が重ねられています。
この辺からすでに、立体でありながらも「絵画」に形式的にアプローチをする、彼の一貫した姿勢が見て取れます。
『バッテリー』 (2005年)
もう一方の作品も同じくクロークの裏側に。奥に見える淡い緑色の立方体には良く見ると蛍光塗料が塗られています。夜になると光るのでしょう。
このエネルギーを保存して自ら光るオブジェと、作品タイトル「バッテリー」がもろにボイスを想わせます。
こちらがベルリンのハンブルガー・バーンホフ美術館にあるボイス作品。脂肪の塊がエネルギー貯蔵庫として象徴的に扱われています。

『ポツダマー通り50番』 (2009年)
美術館の住所が作品タイトル。ミース・ファン・デル・ローエのガラス壁が白っぽい塗料で覆われており、曇りガラスのように外からの光を通します。
よく見ると塗料には微妙に色差がつけられいて、幾何学的な抽象絵画のようにも見れます。
「絵画」を意識して意図的に残された筆跡。
ところで、現在同時開催されているシュールレアリスム展 (Bilderträume) ですが、これがなかなか面白かったです。冒頭で他のシュールレアリスト達を凌駕するマックス・エルンスト作品の美しさを堪能し、展覧会後半ではポロック、ニューマンやロスコなど、アメリカ抽象表現主義の代表的作家達の初期の作品群が展示されていて、これらが戦時中に次々にアメリカへと移住していったシュールレアリスト達直接の影響を受けていることを直に目にすることが出来ます。
抽象表現主義、またはカラー・フィールドとも呼ばれたりする作品群だけからはなかなか見えにくい真実です。
ヨーロッパのシュールレアリスムとそれを原初とするアメリカ抽象表現主義、この作品の表面上ごく似通っている両者の本質が同等であるか異なるのか、異なる場合はどう異なるのか、そんなことを考えてみると面白いかもしれません。
Imi Knoebel 展 『zu Hilfe, zu Hilfe... 』
Neue Nationalgalerie にて2009年8月9日まで
Bilderträume 展
同じく Neue Nationalgalerie にて11月22日まで
2009年6月11日木曜日
絵画の問題について 2−3
同じくグッゲンハイム 『Ich Nicht』 に展示されている『グレース・ケリー』 と題された作品。
キャンバス裏面の木組みを連想させる造形は、本来の絵画が作品表面の後ろに隠されていることから、視覚でとらえることの出来ないプラトン的な美イデアを想わせます。
女優グレース・ケリーの美しさ、また造形と関連してアメリカの色面抽象画家エルズワーズ・ケリーなどなど、連想は多重化していきます。
2009年6月8日月曜日
絵画の問題について 1−3
現在ベルリンのグッゲンハイム美術館と新ナショナル・ギャラリーの2箇所で平行して、イミ・クネーベル (Imi Knoebel) の新作-旧作を合わせた展覧会が行われています。
クネーベルは1940年生まれ、デュッセルドルフ美術アカデミー伝説のヨーゼフ・ボイスのクラスに所属していました。ボイスに師事したことが常に履歴の筆頭に挙げられる作家ですが、彼の作風そのものにボイス直接の影響はそれほど見られず、マレーヴィチ、モンドリアン、ニューマンなどの系統にある伝統的モダニズムを継承するオーソドックスな 「絵画の問題」 に取り組んでいます。
とはいえ、このように全く作風の異なる作家たちを生み出したことが、ボイス・クラスが「伝説」となる所以でもあるのですが。
まずはグッゲンハイムで行われている 『ICH NICHT』 に行ってきました。
ホールの中央に並ぶ巨大なオブジェが2009年の新作 『Ort - Blau Rot Gelb』 (場 - 青 赤 黄) です。
入り口から見た様子。
縦に長いホールの中央には、アルミニウム製の箱型オブジェが4つ並んでいます。一番手前のオブジェでは、梱包材を思わせるような造りの裏面が入り口に向かうように設置されています。
まずはこのアルミニウム剥き出しの裏面からぐるっと正面に回ります。
箱型の構造は正面に向かって開かれた空間を成し、観る者の視線を赤・黄・青の色彩空間の中へと取り込みます。
正面と左右の色面はアルミの基底上にペンキが直接刷毛で塗られており、剥き出しのアルミニウムが敷かれた底面は上部の色を反射しています。
足元に広がるイリュージョナルな深淵へと誘引する効果は、カラー・フィールドの作家たちが取り上げた 「瞑想的」 なものへのクネーベルの解答といえます。
計4つのオブジェは、それぞれ2つずつ向かい合わせに設置されており、観客を取り込む効果を補強します。
作品は全て、赤、黄、青の基本色のみの組み合わせから成っており、色の配置や色面の大きさにはバリエーションが付けられています。 光沢のある工業用ペイントは、側面に直角に屹立する面と正面とで反射し合い、混ざり合い、青は紫に、黄色はオレンジに、赤はピンクへなどなど様々なスペクトルを見せます。
モダニズムの巨匠バーネット・ニューマン (1905-1970) のシリーズ作品 『Who's Afraid of Red, Yellow an Blue』 との対話。

2008年6月21日土曜日
原爆ケーキ
スイス出身の女性作家マイ=トゥ・ペレ (Mai-Thu Perret) の新作展。タイトルは 「ビキニ」。
2年ほど前に同じくバーバラ・ヴァイス画廊 (Galerie Barbara Weiss) でみた展覧会 「黙示バレエ (Apocalypse Ballet)」 のその後を期待して行ってきました。
前回は変なマネキン人形 (写真)、土偶みたいな粘土作品、精神世界な感じのドローイング、架空の設定で書かれたテキスト、などが陳列されていてすごく変だった。
この作家にはまず日記形式で書かれたテキスト作品 「The Crystal Frontier」 が前提としてある。そこで描写されるのは、ニューメキシコの砂漠のどこかに外界から隔離された若い女性達で形成されたオルタナティブなコミューン。そのテキストと共に、彼女達が宗教儀式で使用する道具や瞑想のためのドローイング、祝祭のダンスなどがオブジェ形式で展開される。
今回の作品は、1946年のビキニ環礁における原爆実験、その後ビキニと命名された大胆な水着モード(Wikipedia) 、事件の後のパーティーでの原爆ケーキなどがリファレンス (照会) されてます。
「The Crystal Frontier」 との前回の展覧会のような 直接の繋がりは一見無い様に見える。
しかし、フェミニズム (?)、黙示録的な想定、砂漠の連想 (コミューンと原爆実験の場所) と、底に流れるテーマやイメージは同一な様。
この作家のようなメディアの組み合わせ方、例えば架空の物語を想定してそれに関連するオブジェを制作するなど、は最近なにげによく見かける。でも奇異さ、複合して絡み合うリファレンス、その複合性によって導かれるテーマの奥行きはこの作家が今のところ一番。
展覧会は 2008年7月13日まで
火曜から土曜、11時から18時までオープン
2008年5月20日火曜日
ミースの内と外
透明な建物の内と外に設置されたオブジェ。
ガラスの一部がペイントで曇らされ、作品になってる。
これはこれでシンプルでおもしろいと思ったけど、残念ながら、単独の作品かミクスド・メディア・インスタレーションの一部かは、作品からは分かりませんでした。
それとはうって変わって、下の3枚の写真に見られるインスタレーションは、技法がばらばらにもかかわらず、同じコンセプトに基づく作品ということが瞭然としてました。
ミースのガラスの外壁には、ナイロンのいかにも安そうなカーテン。レトロな模様付きです。
その向かい側、ミースの換気装置 (緑色の大理石製) には、大理石板が何枚か立て掛けられており、その版上には、絵の具で壁紙のような装飾模様が手作業で描かれています。
ミースの換気装置の大理石が自然な模様を持つのに対して、こちらの模様は人工的。
カーテンが工業製品なのに対して、大理石版の装飾模様は手工芸的。
相反概念による構成が徹底してます。
描かれた壁紙模様が、ナイロンのカーテンと共にまるで住居内のような雰囲気 (プライベート) をかもし出し、美術館から 「オフィシャルな場」 という機能を剥奪しようという意図が感じられます。
大理石の前には、仮説の展示パネルが置かれ、そこには壁紙模様のドローイングや、インテリア雑誌からの切り抜きコラージュなんかが掛けられていました。
カタログによると、この美術館が建てられ、初めての展覧会はモンドリアン展で、ミースのコンセプトでこのガラスのホールに展示パネルが設置されたのだそう。
どういう脈絡かは私にはいまいちぴんとこなかったけど、とにかくそのエピソードに作者はレファレンスしたかったらしい。
モンドリアンだから、ミースとひっくるめてモダニズム批判かしら。壁紙模様がテーマだし。ミースの建築にアンチテーゼ示してるし。
作者はMarc Camille Chaimowicz、フランス人らしい 。タイトルは 「For MVR」。MVR はどう考えてもミース・ファン・デル・ローエでしょう。
見ただけではわからないようなエピソード (例えばモンドリアンの展覧会とか、アイリーン・グレイとコルビュジェの相克とか) に頼りすぎの感はあるけれど、みなさん、本当にいろいろ考えてて関心します。
美術は、ただ美しく佇むだけではなく、「正しく」 あろうとしてるようです。





