ドクメンタ第一会場であるフリデリチアヌム。
ここがドクメンタの顔となる玄関ホールは John McCracken ジョン・マックラーケンの金属製ミニマル人柱。

中心にオブジェが立つ玄関ホールの両壁はすべて鏡面となっていて、そこには観客と作品が映りこみ、作品にも観客と壁が映りこみ、作品の存在感は完全に打ち消されていました。作品を提示するのではなく、作品を無に帰してしまう。
私の読んだかぎりではジョン・マックラーケンの作品はあくまでもこのオブジェのみ。鏡で覆われたホールはキュレーターのコンセプトによるものらしいです (??)。
そうだとすれば、しょっぱなからずいぶんとひねくれたコンセプトだといえます。
玄関ホールを入りマックラーケンのオブジェを通り過ぎると正面には階段が。中二階から二手に別れそこからはらせん状に上階へと導きます。

人だかりで見えませんが中階正面には P・クレーの小さな銅版画 「新しい天使」 が掛けられています。

これはドイツ人哲学者ヴァルター・ベンヤミンの解釈を通じて知られている作品です (「歴史哲学テーゼ」)。この 「歴史の天使」 は未来をその背に、過去に向かって正面を向き繰り返される破局の瓦礫を見つめながら 「進歩」 と呼ばれる強風に正面から未来の背後へと吹き飛ばされる・・・
またこの絵の作者であるクレー自身も第一次世界大戦直後の瓦礫の山を目前にしそこから抽象性を引き出したことを記しています。
でもなぜ現代美術のトレンドセッターであるはずのドクメンタのしかも中央ホールに古びたクレーの絵が??
実際にこの階段を登ってみると足元がなにげなく不安。構造がちょっとやわです。なぜならこれは今回のドクメンタのために仮に設置された階段だから。資料を読むと、このフリデリチアヌムが第二次世界大戦の爆撃で破壊され、戦後に再建される前にあったオリジナルの階段を再現したということです。
そう知らされてみると、ここにクレーの 「新しい天使」 が掛けられているのが妥当に思えてきます。
戦後ドイツの文化的復興として始まったドクメンタの歴史、そして「モダニズムは我々の古典か?」 といった今回のドクメンタのテーマである歴史との取り組みまでもが脳裏に浮かんで、さまざまな意味の層を成していく。
それにしてもその瓦礫を目前に未来へ羽ばたく天使の画の前に、マックラーケンの存在を剥奪されたオブジェが設置されていることを思ってみると、なかなか不思議な気持ちがしてきます・・・